最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「仕事が終わってそのまま来たみたいだけれど、なにか食べたの?」

「いいえ、まだです」

 質問に答え、時計を見た。気づけば午後九時近くになっている。

「す、すみません。こんな時間まで」

 いくらなんでも長居しすぎだ。

「来なさい」

 慌てて片付けだす私にお母さんは静かに命じた。一瞬、どうすべきか迷ったあげく、おとなしくついていく。

 向かった先は 隣室のダイニングルームだ。そこには一人前の食事が用意されていた。目をぱちくりとさせる私にお母さんが面倒くさそうにつぶやく。

「余りものよ。どうせ捨てるから処分してちょうだい」

 乱暴な言い方だが、メインのメバルの煮つけを中心に、いくつもの小鉢が置かれ、ご飯とお味噌汁もあり、まるで御膳のように綺麗に盛り付けられている。

「ありがとうございます」

 うれしくて、つい顔を綻ばせる。

「すごい。これはお……奥さまが?」

 結婚したので『お義母さん』と呼ぼうとしたが、貴治さんの結婚相手として認めてもらっていない以上、口にするのが憚られた。現に、私も名前で呼んでもらっていない。

「ええ。……あなたのお口に合うかわかりませんけれどね」

 ぶっきらぼうに告げられた一方で、私は尊敬の眼差しで彼女を見た。

「すごいです。こんなにたくさんの品数をご用意されて、盛り付けも素敵で……」

 まじまじと並んだおかずを眺めて、目を輝かせる。

「お言葉に甘えます。いただきます」

 手を合わせ、箸をとる。誰かが作ったご飯を食べるなんて久しぶりだ。
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