最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
 タクシーはいつの間にかマンションに着き、私は貴治さんと部屋へ向かった。

 靴を脱ぎ、いつも通りリビングに向かおうとして、くるりと貴治さんの方に振り返る。

「貴治さん、心配してくださってありがとうございます。でも、少しでも貴治さんの役に立てるならがんばらせてもらえませんか?」

 なにか声にしかけた貴治さんを制し、私は続ける。

「それに私、結構負けず嫌いなんです」

 にこりと宣言すると、彼は目を丸くする。そしてふっと笑みをこぼした。

「よく知ってる」

 いいのか、悪いのか。きっと彼の妻にふさわしいのは素直で従順な妻なのだろう。

 自然と目線を下げていると、頬に温もりがある。

「大丈夫か? 無理するなよ」

 すぐそばに彼の顔があり、乾いた手のひらの感触に、時が止まったような感覚に陥る。

 ところがすぐに違和感を覚えた。

 甘い……匂い?

 反射的に一歩引き、貴治さんのそばから離れる。

「臨?」

「あっ……貴治さん、ご飯は召し上がっているんですよね? お仕事関係の方と?」

 私の行動か、突拍子ない質問に驚いたのか、貴治さんは目を瞬かせる。

「……ああ」

 気のせいか、一瞬の迷いがあった、ように見えた。

 もしかして、その相手は、女性?

 尋ねそうになり、慌てて口をつぐむ。そうだとして、私に聞く権利なんてない。踏み込めない関係なのだから。

「大変ですね、お疲れさまです」

「そうだな、臨の作った飯をここで食べている方がよっぽど落ち着く」

 さり気ない切り返しに心乱れる。貴治さんの一挙一動に、振り回されてばかりだ。
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