最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「今日、夕飯はどうしますか?」

 土曜日の午前中、スーツを着て家を出ようとする貴治さんに尋ねる。

「帰って食べる」

 今日は二神不動産の取引先である会社の社長の講演会と懇親会がセットになっている会に貴治さんは参加する予定になっていた。

 先に昼食を兼ねた懇親会があり、その後に講演会という流れで、終わるのは午後五時頃らしい。

 お付き合いと言ってしまえばそれまでだが、やはりこういったまめさが経営者として大事な面でもあるのだろう。

「車で行きますか?」

「いや、天気もいいしそこまでの距離ではないから歩いていく」

 会場は、幸いにもこのマンションのすぐ近くだった。二神不動産の所有する会館ビルで、ひと駅もないので、歩くのが一番早いかもしれない。

「終わったらすぐに帰ってる。だから実家に行く必要はない」

 真面目に告げる貴治さんに、苦笑する。貴治さんのお母さんから呼び出されたあの日から、貴治さんが夕飯がいらない日は私はご実家を訪れていた。

 お母さんの態度は相変わらず厳しく、発言も辛辣なものが多いが、それでも夕飯の準備は必ずしてくれるし、帰りにタクシーを呼んでくれるのも当然となった。

 貴治さんが仕事終わりに迎えに来ることもあり、おかげで自分だけで過ごす時間が以前よりも少ない。祖母が倒れたあの日から、取り残された私はずっとひとりだったのに。

 貴治さんを見送った後、部屋の片付けや掃除をし、ゆっくりした時間を過ごした。
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