最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
 ビルのエントランスは外側の屋根の部分まで人があふれ、予想外の雨に戸惑い、どこかに電話をかける人、タクシー待ちの列に向かう人などそれぞれだ。きょろきょろと辺りを見回すが、貴治さんの姿はない。

 傘を畳み、流れに逆らう形で建物の中へ押し進める。

 入れ違いにならないといいんだけれど。

 そのとき、奥のエレベーターが開き、スーツを着た男性や華やかな格好をした女性の集団が降りてきた。

 顔見知り同士なのか、談笑しながらこちらに歩いてくる人々の中に貴治さんを見つける。背が高く、すらっとした体躯に仕立てのいいスーツがよく似合っていて、ひときわ目立っている。

 声をかけようとした瞬間、彼と目が合った。無事に見つけられた安堵感に笑みがこぼれる。

「貴治さん」

 目を見開く彼に足早に駆け寄る。やっぱり迎えに来てよかった。傘を渡して事情を話そうとしたが、私は足を止めた。

 彼のすぐ隣には綺麗な女性が立っていたからだ。

 アップスタイルの髪は乱れることなく、耳と首もとには光り輝くピアスとネックレスが花を添えている。有名ブランドのコートを身にまとい、すらりと長く伸びた手足はモデルみたいだ。

 上品な顔立ちと雰囲気は、貴治さんの隣に立ってもまったく引けをとらない。むしろとてもお似合いで、恋人同士と言われても違和感はない。

「臨、どうしてここに?」

 そんな状況で貴治さんに声をかけられ、途端にばつが悪くなる。

「あ、あの……雨が降ってきて、ちょうど帰る時間と重なると思って……。貴治さんは傘をお持ちではなかったので迎えに来たのですが」

 意図せず声が小さくなってしまう。そこで、貴治さんの隣にいる女性が小さく噴き出した。
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