最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「迎えにって……彼は小さい子どもではなく、立派な大人ですよ? しかも歩いてなんて。普通にタクシーを使って帰る方が濡れないんじゃないかしら」

 彼女の指摘に顔が熱くなる。まったくその通りで、彼を心配して迎えに来た自分が恥ずかしい。しかも今の私の格好はレインコートにレインブーツで、貴治さんとあまりにも釣り合いが取れていない。

 なにも言い返せない私に、女性は優雅に笑った。

「それに、これから彼と食事に行く段取りをしていたんです。さっきの講演についてもっと話がしたくて」

 目をぱちくりとさせ、そこまで考えが及ばなかったことが情けない。今の私は完全な邪魔者だ。

 空回ったと自覚し、頭を下げる。

「私、帰ります。余計な真似をしてすみません」

 踵を返し、その場をさっさと去ろうとする。

「臨!」

 不意に肩に手を置かれ驚きで振り向くと、女性の隣にいた貴治さんがすぐそばにいた。

「帰ろう」

「え?」

 続けられた彼の言葉に耳を疑う。

 呆然とする私の肩を貴治さんは改めて抱き、先を促そうとした。

「ちょっと、貴治さん。食事は? カルペ・ディエムの特別限定ペアディナーよ!」

 女性が貴治さんを引き止めるように訴えかけてくる。まさかの店名に私は目を見開いた。

「誘いは受けたが、行くとはひと言も言っていない」

 一方で貴治さんはまったく揺れずに言い放つ。さらに、肩に置かれた手に力が込められ、貴治さんの方により引き寄せられた。

「妻が迎えに来てくれたから、ここで失礼する」

 貴治さんは私の肩を抱いたまま外へ向かう。
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