最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「そ、そうは言われても……ひゃっ」

 どちらが先にお風呂に入るのかは別問題だと訴えかけようとしたら、彼の手が急に頬に伸びてきた。

「冷えてる。いいから、温まってこい」

 嘘だ。絶対に熱くなっているはずだ。手のひらの感触に、心拍数も体温も上昇する。

 彼の顔が見られず視線を下げるが、なぜか触れるのをやめてほしいとは思わない。

 あれ? 手を払うべき?

 どうすればいいのか、わからない。でも貴治さんの手は温かくて心地いい。

 ちらりと彼をうかがうと、視線が交わる。

 彼の瞳に捕らわれ、そのままゆっくりと顔を近づけられる。

 瞬きひとつできず魅入られていると、唇が触れるか触れないかギリギリの距離で彼の口が動いた。

「先に入らないとこのままキスするぞ」

 その瞬間、夢から覚めたような感覚で、反射的に貴治さんから離れた。

「さ、先に入らせてもらいます。すぐに出ますから」

 打って変わって彼の顔が見られず、踵を返す。着替えを持ってバスルームに逃げ込み、ドアを閉めた。

 バカ、私のバカ。

 自分を叱責し、服を脱いでいく。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

 さっきの貴治さんの行動は、先に私が体を温めるよう促すためにしただけで、きっと拒むのが前提だった。それなのに素直に受け入れそうになっていた自分が恥ずかしい。

 絶対にあきれられた。

 シャワーを浴び、バスタブに身を沈めながらいたたまれなさで、両手で顔を覆う。

 なにをやっているの、私……。

 ずっと胸が苦しい。こんな感情は知らない。
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