最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「わっ」

「ちゃんと温まったか?」

 すぐ近くで彼の声がして、心臓が跳ね上がる。背中から抱きしめられる形で密着していた。

「お、おかげ様で」

 真面目に返したものの軽いパニックを起こす。彼の意図が読めない。

「貴治さんも、早く温まってきてください!」

 半ば叫ぶようにして訴えかける。離れようとするも、回された腕の力が強く振りほどけない。

 それどころかさらに力が込められ、密着具合が増す。

「だから、こうして臨に温めてもらっている」

「ふざけないでください!」

 余裕たっぷりに耳もとでささやかれ、 反射的に返す。心臓が壊れそうに激しく脈打ち、息さえうまくできない。

「ふざけてない。来週の創立記念パーティー、臨は俺の妻として出てもらうんだ。少しは触れ合いに慣れていてもらわないと」

 途端に、冷水を浴びせられた気分になる。この接触も、すべては契約通り、彼の妻として過ごすためだ。

 動揺しているのを悟られたくなくて、ぎゅっと身を縮め口を開く。

「だったら、むしろ距離がある方がいいんじゃないですか?」

 どうせ別れるのが決まっている。それならあまり仲のいい様子ではない方がよいのではないか。かわいげなく反論すると、腕に力が込められる。

「だめだ。俺が臨に夢中なんだ」

 さらりと返され、顔から火が出そうになる。でも、本気で捉えてはいけない。そういう設定だ。

『しばらく君に未練タラタラなふりをしておけばいい』

 貴治さん本人が言っていた。だから、この接触に他意はない。

 そう考えると、さっきから彼の行動に振り回されている自分が馬鹿みたいだ。

「……嫌か?」

 唇を引き結び、ぎゅっと肩を縮めていると、今度は神妙な声で尋ねられた。
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