最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
 なぜ、そんな質問をするのか。私の気持ちなんて彼には関係ないはずなのに。

 どうしよう。なんて答えたらいいの? なにかを試されている?

 正解を必死に探すが見つからず、ややあって私は観念した。前に回されている彼の腕にそっと自分の手を添える。

「嫌じゃ……ない、です」

 蚊の鳴くような声。彼の計画通りに進めているだけなのに、緊張して、とてもではないが平静ではいられない。でも、けっして嫌ではない。それは本当だ。

 むしろ、温かくて心地いい。

 いいのかな。こんな気持ちでいて。期間限定の形だけの妻なのに。

 小さく葛藤していたら、貴治さんの手が私の頭をそっと撫でた。髪を乾かすときも思ったけれど、貴治さんに触れられるのは嫌じゃない。

 貴治さんも、そうなのかな? 私に触れるのは……。

 うしろにいる彼をなにげなくうかがうと、想像よりすぐ近くに貴治さんの整った顔があり、目を見開いたまま硬直する。

 すると、頭を撫でていた手がゆっくりと下り、今度は頬に添わされる。

「臨」

 確かめるように名前を呼ばれ、じっと見つめられた。なにかを考える間もなく、静かに目を閉じる。

『だからひとまず結婚して、半年から一年を目処に別れる』

 ところが彼の発言が頭を過ぎり、とっさにソファから腰を上げ、貴治さんから距離をとった。不意打ちに呆然としている貴治さんを見下ろす形で目が合う。

「あ、あの……」

 言葉が続かずうつむいていると、貴治さんも立ち上がったのが気配で伝わる。

「風呂に入ってくる」

 バスルームに向かう彼に、なにも言えない。貴治さんへの想いを自覚する一方、この触れ合いが意味のないものだと痛いほど思い知らされただけだった。
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