最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
第五章
「紺色はちょっと地味ね。もう少し丈があって華があるものを持ってきてちょうだい」

「かしこまりました」

 さっきから指示を受けた店員が行ったり来たりしつつ、さまざまなドレスを持ってくる。その様子を私は呆然と見つめていた。

「こちら、いかがでしょうか?」

「そうね、いいんじゃないかしら」

 その言葉に、店員が安堵の表情を見せる。続けて彼女はドレスをこちらに持ってきた。

「では、次はこちらにお着替えください」

「あ、あの……」

 ほぼ強引に手渡され、私は試着室の中に引っ込む。

 断る雰囲気も選択肢もない。どうしてこんなことになっているのか。まだ状況に頭がついていかないが、言われた通り渡されたドレスに袖を通していく。

 六月末の土曜日の午前中 、私は一流ホテルの中に入っている高級ブティックにいた。完全に場違いだとさっきから冷や汗が止まりそうにないが、私ひとりではなく、貴治さんのお母さんも一緒にいる。

 事の発端は、相変わらず貴治さんの実家にお邪魔し、パーティーでのマナーや二神不動産に関係するであろう招待客のリストを頭に叩き込んでいるとき、ふとパーティーに着ていくドレスの話題になったことだ。

 どういうものがいいのか素直にお母さんに助言を求めたら『必要なものは私が用意するから、当日会場のホテルにいらっしゃい』と指示されたのだ。

 貴治さんは午前中仕事で、パーティー開始前に会場で直接落ち合う予定ことになっている。お母さんに呼び出された旨を先に伝えたら、止められそうな気がしたので、ここに来る直前にメッセージを送っておいた。
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