最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
 足早に本邸ではなく母屋の方に向かう。ここ三年ほどこちらで暮らしていた。

 本邸に比べると狭いが、ひとりで暮らすには十分な広さだ。手入れはしているものの古さは否めないが、畳の香りのするこの部屋が私は好きだった。 

 ここを手放せないのは、“祖母の家だから”という理由だけではない。父を知らず、母を幼くして亡くした私は、この家で祖母が親代わりに私を育ててくれた。いわば、この家は祖母の家であり私の育った家でもある。

 ひとりぼっちになった私に、祖母だけが手を差し伸べてくれた。 

 叔父夫婦がここに住み始めたのは、祖母が自宅で倒れ病院で入院してからだ。彼らには私よりふたつ年上の息子がひとりおり、彼は就職のため地元を離れている。母を亡くした私の今後をどうするかという話になったとき、叔父夫婦は年の近い男児がいるからだ私の引き取りを拒否した。今思うと、その判断は正しかったと思う。

 息子も一人立ちをし、夫婦で祖母の面倒を見ると意気込んでやってきた。そして病院に通いやすいからという理由で、なんの相談もないし強引に本邸に住みはじめ、私は離れに追いやられたる

 嫌な予感はしていたけれど、まさか売る算段をしていたなんて。

『臨ちゃん、おかえりなさい』

 おばあちゃん……。

 ホッとする一方で胸が苦しい。

 やっと四十九日、もう四十九日。祖母が亡くなって……正確には、祖母が自宅で倒れたあの日から、私の胸の靄はずっと晴れない。

 私、またひとりぼっちになっちゃった。

『後悔するぞ。君以外、みんな売った方がいいと思っている』

 冷たい目、厳しい表情。あれが全国に名を馳せる二神不動産の副社長なんだ。でも、私の気持ちは変わらない。味方がいないのにももう慣れている。
< 8 / 134 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop