最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「貴治さんは……」

 そこで彼の左手の薬指には、すでに指輪がはめられていると気づく。私の結婚指輪と同じデザインだが、彼はやや太めで宝石はついていないシンプルなものだ。

 お揃いという状況に、急に気恥ずかしくなる。

「私たち、本当に結婚しているんですね」

 恥ずかしさと混乱で、当たり前の事実をつぶやいた。今さら、なにを言っているのか。

「そうだ。臨は俺の妻なんだ」

 律儀に返され、貴治さんと結婚したのだと改めて実感する。

 しかし私は、彼がいつか本当に結婚したいと思える相手が見つかるまでの時間稼ぎでしかない。

 それでも……。

「精いっぱい、夫のためになるようがんばりますね」

 にこりと微笑むと、彼も小さく笑ってくれた 。

 雨で貴治さんを迎えに行ったあの日、彼に触れられるのが嫌ではないと気づいた。それどころか彼への想いを自覚し、ずっと胸が苦しい。彼が私に触れるのは、本物らしい夫婦を今日のパーティーで演じるためだ。

 キスを交わしそうになったのもその延長なのだろう。

 思い出すと心臓が破裂しそうになる。とっさに拒んだものの受け入れていたらどうなっていたのかな?

 いろいろ考えたけれど、あの後バスルームから出てきた貴治さんは何事もなかったかのようだったので、私も話題にしなかった。深い意味はない。必死に自分に言い聞かせて、あの日から平静を装っている。

 でも貴治さん、優しくなった。初めて会ったときは……結婚したときは、こんな表情をするなんて想像できなかった。仮初めでも妻だから見せてもらえるなら、素敵な特権だ。
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