最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
 貴治さんを雨の日に迎えに行った際、貴治さんと食事に行こうとしていた女性だ。

「姿が見えないから、てっきり奥さまは彼をおいて先に会場を後にしたのかと」

 暗に自分の行動を非難されたものの、軽く頭を下げる。

「すみません。少し席をはずしていました」

「臨、こちらは末永建設の社長令嬢である末永真帆(まほ)さん」

 末永……。その名前を聞いて、動揺が隠せない。

『末永のお嬢さんを勧めたのに、こんな勝手な真似をして……』

 彼女は、貴治さんのご両親が貴治さんの妻にと考えていた女性だ。

 心臓が一気に加速して、口の中が乾く。相手に悟られないよう、必死に自分を奮い立たせる。

「臨です。この前は、ご挨拶しないままで失礼しました」

 ぎこちない私に対し、末永さんは余裕たっぷりに微笑んで手を差し出してきた。

「末永真帆です。貴治さん――ご主人には仕事でもプライベートでもお世話になっていて、よく知っているんです」

 私も右手を差し出す。すると彼女の方から力強く握ってきた。

 あれ?

 なんとなく、なにかを思い起こさせる感覚に陥る。すぐにわからずいたが、手が離れた瞬間、気づく。

 この匂い……。

 かすかに鼻をかすめた甘い香りには、覚えがあった。

 彼の実家に呼び出され、初めてひとりで訪れた日、貴治さんは外でご飯を食べてきていて、お酒も入っていたのでタクシーで迎えに来てくれた。

 仕事がらみの食事などたくさんあるだろうと気にも留めていなかったが、あのときかすかに彼から匂った甘い残り香と同じだ。
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