最悪な結婚のはずが、冷酷な旦那さまの愛妻欲が限界突破したようです
「行かない」

 貴治さんの凛とした声に思考が止まる。前を向くと、貴治さんが腰を落とし、私に目線を合わせて真っ直ぐに見てきた。

「以前彼女と食事に行った際は、社長も――父も同席していたんだ。この前、臨が迎えに来てくれたときも、今日も誘われたが行くつもりはない。臨と結婚してから、異性とふたりで会ったりしていない」

 彼の真面目な表情と声から事実だと素直に受け取れる。

「ちなみに、前回パーティーの後で飲んだのも、ふたりでというわけじゃない。今日もそうだろうが、何人か関係者たちがラウンジで飲み直しているから顔を出した。その際に、彼女もいただけだ」

「そう、なんですか……」

 目を見開いたままぽつりとつぶやく。続けて羞恥心に襲われ、顔を下に向けた。

 勝手に決めつけて、一方的に貴治さんを責めるような真似をしてしまった。彼にとってはお門違いなのもいいところだろう。

 この契約結婚に、貴治さんは想像以上に私に義理立てしてくれていたんだ。

 それに、いずれ離婚するとはいえ、逆に離婚するからこそ異性関係に問題があったと思われたら彼の株も落としかねない。

 自己嫌悪の渦が回り出し、息が詰まる。

「ごめん、なさい。だったら私も……同じようにしないとだめですよね」

 弱々しく返し、ぎゅっと握りこぶしを作る。

「誰かに見られて誤解されるような真似は控えないと……貴治さんも面倒ですよね」

「違う」

 ところが、考えがまとまりかけたところで否定の言葉が耳に届く。思わず顔を上げると、貴治さんがどこか苦しそうに整った顔をゆがめていた。
< 99 / 134 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop