大国に嫁いだ小国の姫は国家機密を知り影武者と取引する【完結】
「事実、名前で呼ばれたことなんかねーし」

ぶっきらぼうに答える影。先ほどの戸惑いは既に消えている。
そんな恐ろしいことを、影はまるで明日の天気の話しをするような軽い口調で言うのだった。

「『影武者』とか『影』とか、内情を知っている極限られた者からは、そう呼ばれてるけど」

「だって、小さな頃は?誰かと遊んだりしたでしょう?その人は、あなたを何て呼んでいたの?」

「小さな頃?遊ぶ?」

影は不思議そうな顔をした。

「オレは気が付いたときには、もうあいつの影だったから、そんな記憶ねーよ。
大体、ローザンの中でも俺の存在を知ってるのは全員で20人もいないんじゃねーか?こうやって誰かと会うとき、オレはセルファとして接してるから、相手はオレを『セルファ』と呼ぶしな」

ミトは怒りを感じた。そんなことがあって良いのだろうか。
人として生まれた者が、その一生を誰かの身代わりとして生きるだなんて。

「あんた、まさかオレを哀れんでるんじゃねーだろうな」

絶句していたミトを、ジロリと影は睨んだ。

「オレは生まれたときからそういう役目を担ってるんだ。それが『オレ』なんだよ。
あんたの常識の範囲でオレを哀れむな。オレにはオレのプライドがある。不愉快だ」

吐き捨てるように言われて、ミトは反論した。

「あなたを哀れむ以前に、ローザンの国家そのものの神経を疑うわ」

負けじと影を睨み返した。

「はっ!随分と潔癖な」

影は笑い飛ばす。
< 30 / 299 >

この作品をシェア

pagetop