悪女の代役ステラの逃走。〜逃げたいのに逃げられない!〜
「じゅ…」
「あはは、そんなに何度も〝じゅ〟とだけ言ってどうしたの?」
放心状態の私を見ながらロイが珍しく腹を抱えて笑っている。
その美しいルビーの瞳には笑いすぎて薄っすらと涙まで浮かんでいた。
こ、こいつのせいでこうなっているのに!
「な、何、笑っているんですか!笑えないですよ!私はまだ練習を一つもしていないんです!」
笑い続けるロイに私はついにその場から立ち上がり、怒鳴ってしまった。
やらかしてしまったが、やらかしてしまったものは仕方ない。
この帝国の皇太子だとかもう知らない精神でいこう。
腹が立つものは腹が立つのだ。
「まあ、落ち着いて。ステラ。ほら座って」
かなり怒っている様子の私をロイは何故か愛らしいものでも見るような目で見て、もう一度その場に座らせた。
それからまた何故か「ほら、ステラの好きな苺だよ」と私の口元にとても美味しそうな苺を運んできた。
「…」
私はそれをロイからは食べずに、無言で強奪して自分で自分の口へ放り込んだ。
…美味しい。これがロイが言っていた宮殿のために作られた苺なのだろうか。
「僕はもう今日の仕事を一通り終えているんだ。だからこれから夕食会までステラの練習に付き合えるよ」
「…」
にっこりと美しく笑うロイを苺を食べながらじーっと見つめる。
…1人で練習するよりきっとロイと一緒に練習した方が少しでも完璧な舞に近づけるだろう。
全ての原因であるこの愉快犯の力を借りるのは癪だが、今夜の成功の為には仕方ない。
「…よろしくお願いします」
私は甘酸っぱい苺を飲み込んだ後、不本意だが、何とか笑顔を浮かべてロイに深々と頭を下げた。