Sapphire Lagoon[サファイア・ラグーン1作目]
【 β 】

[The first night]*

◆時点は終章二部の後、及び【α】の続きとなります。

 結婚式の後の夜と言えば・・・アレですねw






 あんなに麗らかだった日中がまるで遠い昔のように、ベッド越しの窓から見える景色は黒々として、冷たい風が吹きすさぶっていた。

 僕はジョルジョに勧められ、先に湯浴みを済ませて、案内された部屋で独り、時間を持て余すように夜空を見上げていた。

 シンプルな白壁の清潔な部屋。一台のベッドと装飾の細やかな古めかしい鏡台が(はす)に配置され、サイドテーブルには可愛らしいランプと小さな冊子が置かれている。客室なのだろうが、それでも多少の生活感が認められる雰囲気があった。

「ごめーん、アメル! 合いそうな寝着がなかなか見つからなくて……風邪引いちゃうわ」

 ノックもなしに扉を開いて、向けていた僕の背中にシャツを(まと)わせてくれたのはルーラだった。取り急ぎジョルジョの義弟君(おとうとぎみ)から柔らかなズボンを貸していただいていたが、上半身はまだタオルを掛けたまま、彼女が探してきたそれを待ちながら、何も身に着けずにいたのだ。

「ありがとう、ルーラ」
「……何を見ているの?」

 そう言いながらベッドに上がって、僕の隣で外を覗き込んだルーラに、

「ほら……あの三日月、森の木々に引っ掛かったみたいに、樹と一緒に揺らいで見えるな、と思って」

 上空を指差すと、彼女の横顔がグッと近寄った。



「本当ね。私もここから良く空を見て、それから眠りにつくの」

 ──それって……此処、もしかしてルーラの部屋……ってこと?

 幾ら本日結婚式を済ませたとはいえ、まさかその晩に同室を許されると思っていなかった僕は、いきなり現れた現実味に少々恐れをなした。新婚初夜なんて……彼女を自宅に連れ帰ってからだと思っていたのだ。いや……それでも、ルーラにとって僕と眠ることなど、以前と同じ感覚に違いない。

 細い月を見上げた彼女の瞳には、その月明かりと闇に沈んだ空の色が映し込まれていた。それを見つめる僕の顔が次に映し出される。少し緊張した表情。やがて気付いたように、彼女の頬にほんのり赤みが射した。

「キス……していい?」

 そんなこと、訊くこと自体おかしなことかもしれない。
 問いかけと共に左の頬に手をあてがう。微かな驚きと戸惑いを示すように刹那目を逸らされたが、すぐに視線は戻り、

「うん……」

 その言葉が発せられるか否かの瞬間、気付けば口づけていた。
 誓いのキスとも、その後の彼女からのキスとも違う、濃密な感覚。数秒触れては離れ、触れては離れ……けれどいつまでも止むことを知らない無邪気な(あそ)びのようだった。

「んんっ」

 が、それも彼女の息苦しい吐息で我に返った。解き放すや深く息をついて、

「初めてのキスは人工呼吸だったのに、これは窒息しそう!」

 笑った顔は少しはにかんでいた。

「もしかして……鼻で呼吸してなかったの?」
「え? あ、そっか」

 いつものルーラに、僕達は顔を見合わせて吹き出した。

「……鍛えられたのね」

 先程背中を包んでくれたシャツは未だ着込んではいなかったので、胸元は肌を晒したままだった。それを視界に含んだルーラは遠慮がちに指先を寄せて呟いていた。

「カルロに随分しごかれたからね」

 照れ隠しするように彼女を抱き上げ、くるりと百八十度回転して、背を向けさせる。いきなりのことに驚いて硬直した細い身体を後ろから抱き締めた。

「僕も、見たい。って言ったら?」
「……!」

 そう言って前身頃の一番ボタンに手を掛けてみせたが、案の定驚きで声も出ない様子だった。それでも──

「あ、あたし達『夫婦』なのだもの。アメルには見せるわ……ぜ、全部」

 ──ドクン。

 彼女の恥じらいながらも大胆な言葉に、僕の方が驚いて動けなくなりそうだった。

 緩やかで柔らかそうなホワイト・ゴールドの髪に顔を(うず)める。懐かしい甘い香りが、僕に穏やかな気持ちを取り戻させ、震えそうな指が優しくボタンを外しながら下へと降りていった。

「ねぇ……アメル」
「ん?」

 そんな僕に身を任せたルーラが、振り向きもせずに問いかけた。

「『船乗りは、港港に女性がいる』って……本当?」
「えっ!?」

 変な大声で指まで止めてしまった。いや、自分には(とが)められることなど何もないのだ……けれどそんな言葉、まさかルーラが知っているとは思わず、不自然なほどに動揺してしまっていた。

「だ、誰からそんな言葉を聞いたの?」
「えと……グィード、かな?」

 幸いなことに、彼女は僕を疑っている訳ではないらしい。単にそれがそういうものなのか、純粋に知りたいと思ったのだろう。僕は平静を取り戻して、

「そういう船乗りもいないとは言えないけどね……少なくともジョルジョ義父(とう)さんと僕に限っては有り得ない」

 と断言してみせた。

 再び指を動かしながら、気付かれないように苦笑する。ジョルジョの船で働き始めた当初は、船員達に酒場へ連れ出される度に、何度二階の個室へ連れ込まれそうになったか知れなかった。船員の幾人かは「お姫さんのために勉強しとけ!」なんて冗談を言ってみせたが、助けてくれる者はおらず、自力で逃げ出すしかなかったことは苦々しくも良い思い出だ。その内には「あいつはカタブツだから」と誰からも見向きもされなくなってホッとしたが、例え『勉強』が必要だったとしても、どうしてもそんな気持ちにはなれなかった。

「信じる? 僕は今までもこれからも……君以外の女性に触れることはないと」

 そうして肩からするりと布を落とすと、白く透き通りそうな美しい背中が露わになった。胸に巻かれたリボンのない彼女の背中なんて、初めて見る。初めて──触れる。

「信じられなかったら……ここにいないわ……」

 ──ドクン。

 再び騒めく心臓。

 震える小さな向こう側からの声が、僕の心に火を点けた。纏ったシャツとタオルを取り去り、手を伸ばした先の(すべ)らかな肌を抱き締めた。小さな肩に(おとがい)を乗せると、視界の端に柔らかいに違いないふくらみの一部がぼやけて映ったが、後ろから覗き見ることなどいけない気がして目を伏せ、彼女の形の良い耳に口元を近付けた。

「ありがとう……ルーラ。ずっと、愛してる……」
「あっ……」

 そのままその愛らしい耳を愛撫する。

「あ、あたしも……愛、してる……アメ、ル──」

 森を吹き抜ける風がどれだけ冷たくとも、僕達の熱を奪い去っていくことなど出来そうにないと思った。

 長く横たわる夜という時に身を浸して、溶け合う二人の身体は永遠でなくても、交わされた睦言(むつごと)と奥底の想いは、永遠以外の何物でもなかった──。






◆最後までお読みいただき有難うございました!

 今作はこちらのサイトとツイッターでお世話になっているランプライト様のある一言から端を発し生まれました* ランプライト様、有難うございました!

 二人のこういう場面も、皆様に気に入っていただけましたら幸いでございます☆


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