罪の味をあなたに注ぐ


「持ってきました」


「ドア開けるときは三回ノックする。そんなん常識だろ」


「すみません」


 馬鹿にしてくる口調で言ってくるので丁寧にノックしてあげた。三回。


「ここに置きますね」


 あなたの座っている机の上に二十本のカフェラテを並べる。


「袋にまだ何かあるだろ」


「自分用に買ったものです。あなたの口には合わないと思いますよ」


「お前、いつもと違うな。キャラ変? ウケる」


 ため息が出た。


「ほら、早く飲んだらいいじゃないですか。あなたのために買ってきてあげたんですから」


「は、まだあいつら来ないし。あいつらと一緒に飲むために頼んだし。もう用なし。早く帰れよ」


 キレていると一目でわかるその表情。余裕があるその表情はとても醜い。


「あなたに飲んでほしいの。だから買ってきてあげたの」


「お前そんな性格だった? 意味わからない。もういい」


 二十本のカフェラテを置いて帰ろうとする。

 机の横に掛けてあった鞄を雑に肩に乗せて。黒色の革鞄。

 なんともレトロな雰囲気を醸し出すその鞄。

 心が黒く染まったあなたでも常識のあるように見え、なんともむかつく。

 後方のドアへ向かっている。ドアの前に立ち、満面の笑みを浮かべてあげる。


「全部飲んでもらわなきゃ、帰してあげないかな。ほら、早く」


「そもそも、十五個って頼んだはず。二十個もいらねぇんだよ」


 嘲笑いを残される。

 今度は前方のドアへと向かっている。鞄の顔が見える。傷だらけで輝きの一つもを失っている。

 勿体ない。

 またドアの前に立つ。


「飲めば、帰れるよ。早く、早く」


「何をしたいんだよ、お前は」


 ふふ、


「あなたに痛みの味を教えてあげたい、かな。あなたの顔、傷一つ味わったことがないみたいだから」


 あなたの頬を撫でてみる。少しだけ残ったニキビ跡。剥いてあげたい。


「やめろ。本当に気持ち悪い」


 手を振り払われた。


 悲しい。


 でも、実際はそう思っていないかも。本心は。

 次は窓の方へ向かっている。反射的に鍵を閉める。もしかしたらここから飛び降りようとでも考えているのだろうか。ここは三階。馬鹿だ。

 カーテンは閉ざされている。一応、忠告してあげよう。


「そこからは出られないよ。有刺鉄線でいっぱいだもの」


 カーテンが開けられた。

 窓の向こうで張り巡らせられている有刺鉄線。

 連日買い物へ出向かされるのに怒りを感じ、気が付いたら購入ボタンを押していた。
 
 届いたら夜の学校に潜り込み、この窓いっぱいに張り巡らせてやった。

 こんなにお金を賭けたのだもの。使える日が訪れて良かった。


「何がしたい。ここに閉じ込めといて」


「ただ、あなたにそのカフェラテすべてを飲んでほしい。ただそれだけ」


「そんなことして何になる」


 目から完全に光がなくなっている。怖い、怖い。


「何にもならない。あなたの覚悟が見たい、のかもね」


「馬鹿にしてるのか。このカフェラテすべて飲む根性ぐらいある。勿体ないからしないだけだ」


「勿体ないなんて思わなくていいの。私が買ってきたんだから、私に決定権がある」


「お前に決定権などない。こっちに決定権があるんだけど」


「耳障り。早く飲んで」


 沈黙が流れる。葛藤してくれてる。

 嬉しいな。心の中では満面の笑みを浮かべてるのに、あなたには届かないんだよね。


 気付いてほしいな。


「もうわかった。全部飲んだら帰してくるんだろ」


「もちろん。保証はしないけどね……」


 付け加えた言葉はあなたに聞こえぬよう呟いた。

 事実だもの。

 教室中央の机に戻ったあなた。一杯のカフェラテを手に取り、喉に流している。

 動き続ける喉仏が高揚感を高めせてくれる。


「はー、…………」


 息が苦しそう。それでも、


「ほら、どんどん」


 まるでわんこそば。いや、絶望のわんこカフェラテだ。

 二杯目を手に取った。苦しそうな表情を浮かべ飲んでいる。

 ぞくぞくする。


「早く、早く」


 あなたは飲むスピードを何倍にもしていく。それほどあなたにとってこの空間は地獄なのでしょう。

 スピードが早くなる度、思い切り笑みを浮かべてみた。

 嬉しいな。その絶望顔。

 あなたの体の中に消えた八杯のカフェラテ。あなたの目はもうどこかへ行ってしまった。


「ずっとカフェラテじゃ苦しいでしょ。ほら、水あげる」


 床に座り込み、苦しんでいるあなたのことを大事に包み、二リットルの水を一気に流し込んでいく。

 頬がパンパンとなり、前方に水分が流れ落ちた。


「苦しいね。でもね、もう、終わるよ」


 ペットボトルに入った水が半分となったとき、抵抗して体を離そうとしていたあなたはもう諦めたよう。

 目は明後日のほうを向いて、脱力している。


 あなたには明後日も明日もないけどね。


 虚ろになっているその目。注ぎ込む度、溢れた分が流れていく。

 ペットボトルが空となった。あなたはもう、動けそうにない。

 その場で優しく眠らせてあげる。鼓動はもう聞こえない。
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