一途な消防士は、初恋の妻を激愛で包み込む
 彼は正義感が強く、助けを求める人々に手を差し伸べられる優しさを持つ人だ。
 どんなに高い壁が待ち受けていようとも危険を顧みずよじ登るなど、簡単にできることではない。

「は、陽日さん……」
「なぁに?」

 ――彼のことを、何も知らないくせに。
 この言葉だけは絶対に、私の口から伝えなければならなかった。

 何度も浅い呼吸を繰り返しながら。
 私は必死に、唇を動かした。

「香月先輩を、悪く……っ! 言わないでください……!」

 ーーあの子に私が逆らうのは、成人してから初めてだ。

 妹もまさか、今まで何をされてもじっと黙っていた私が異を唱えるなど、思いもしなかったのだろう。
 目を丸くした彼女は不機嫌そうに眉を顰めると、怒鳴り声を上げた。

「あたし、謝らないから!」

 妹はそんな捨て台詞を残して踵を返すと、私達が進む方向とは真逆へ去って行った。

 ーーよかった……。
 やっと、いなくなってくれた……。

 緊張と恐怖で、どうにかなってしまいそうだった。
 私は肩の力を抜くと、その場にぺたりと座り込む。
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