一途な消防士は、初恋の妻を激愛で包み込む
「泊まっていけばいいじゃなーい」

 香月先輩のお母様は日帰りなんてと不満そうだったが、香月先輩が断固拒否した。

「今日は、本当に……」
「行くよ、星奈さん」

 彼は一刻も早く実家を出たいと考えているらしく、挨拶もそこそこに私を外へ引っ張っていく。

「また来てね!」

 後方を振り返れば、ひらひらと手を振るご両親の姿が見えた。

 何度かペコペコと頭を下げた私は、彼らの姿が見えなくなってから。
 やっと隣を歩く、香月先輩の横顔を見つめる。

 ーー声を聞かなくてもわかった。

 唇をへの字に曲げる夫は、全身で自分は今とても不機嫌ですと訴えかけているのだと。

「ごめん。もっとちゃんと、あの人達の性格を説明しておくべきだった……」
「……いえ。夫婦仲が良好で、とても羨ましいです」
「母さんが父さんを振り回しているようにしか、俺には見えないけどね……」

 何十年も一緒に暮らしてきた香月先輩と、今日初めて出会ったばかりの私では見えるものが違うだろう。

 後ろを振り向かず前に進むと決めた以上、自身の境遇を語るのには抵抗がある。
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