一途な消防士は、初恋の妻を激愛で包み込む
 玄関に荷物置いてから、ガサゴソと耳障りな音を響かせる。
 運動靴の紐を解いて真横で足音を奏でても、彼女はピクリとも動かなかった。

 ーーあんなことがあったんだ。無理もない。
 寝相がいいに、越したことはないけど……。
 体調を崩しているんじゃないかと、心配になってしまう。

 不安になった俺は思わず星奈さんへ近づき、問いかけた。

「なんで、こんなところで寝ているの」
「すぅ、すぅ……」

 夜明けに火災で目が覚めて、それからずっと気を張っていたからだろう。
 彼女は熟睡しているらしく、望んだ答えは返ってこない。

 ――寝顔もかわいいな。
 このまま、食べちゃいたいくらいに……。

 己の欲望をぶつけたい気持ちをぐっと堪え、俺は心の奥底から湧き上がる邪な気分を落ち着けるために。
 ひとまず、彼女の隣に腰を下ろす。

 ーー弱ってるところにつけ込んだら、ますます嫌われるんだろうな。

 今度逃げられたら修復不可能なほどに、関係が破壊されてしまうのではとないかと。
 俺は柄にもなく、恐れていた。

 この状況で星奈さんに手を出すのは降って湧いてきたチャンスを、自ら手放すようなものだ。
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