一途な消防士は、初恋の妻を激愛で包み込む
「逃げないで」
「了承しかねます」
「パジャマのまま、出勤するつもり?」
「事情を話せば、わかってくれます」
「星奈さん」
「気安く名前を呼ばないでください。不愉快です」
「星奈さんは、本当に嘘つきだね……」

 暴れ回る猛獣をあやす飼育員のような穏やかさを見せた関宮先輩を見た私は、彼に対して虚勢を張っているのが馬鹿らしくなってしまった。

 ――落ち着いて、冷静に。

 何度も自分に言い聞かせながら。
 どうでもいい質問をすることで、本来のペースを取り戻すために言葉を紡ぐ。

「ずっと疑問だったこと、聞いてもいいですか」
「もちろん」
「どうして、名前にさんづけなんですか。先輩のほうが、年上ですよね」

 初めて出会った時から、彼は私のことを名前にさんづけで呼んでいた。

 私が年上なら理解できるけれど、年下に対してであれば“ちゃん”づけや呼び捨てが適しているだろう。

 呼び捨てがよかったわけではなかったけれど。

 モヤモヤしていた気持ちを解消するために聞けば、関宮先輩はなんてことのないように優しい声音で答えを告げる。
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