野いちご源氏物語 一七 絵合(えあわせ)
帝の母君でいらっしゃる入道の宮様は、亡き六条御息所の姫宮が入内なさるのを待ち遠しく思っていらっしゃる。
父親代わりをしている源氏の君は、姫宮を二条の院にお移ししてから入内させたいとお考えだったけれど、なかなか実行なさらないの。
やはり、上皇様が姫宮とのご結婚を希望されていることが引っかかっておられるのよね。
上皇様のご希望に背くことが恐れ多くて、積極的に入内のお世話をしようとはなさらない。
とはいえ、ご両親どころか頼りになる親戚もいらっしゃらない姫宮のお世話ができるのは、源氏の君だけよ。
二条の院にお移しするのは取りやめて、目立たないように、だいたいのご準備はしてさしあげたみたい。
上皇様はとても残念にお思いになったけれど、あからさまにご機嫌を悪くなさるような方ではないわ。
入内当日、姫宮に立派なお着物や家具、お香などをお祝いとしてお贈りになった。
あまりにも見事な品がたくさんそろえてあって、源氏の君への皮肉のようだったくらい。
<私の悔しさを分からせてやろう>
とお思いになったのね。
ちょうど源氏の君が姫宮のお屋敷へお越しになっていたから、女房はお祝いの品をお目にかけた。
櫛を入れた美しい箱に、小さな紙がついていたの。
上皇様から姫宮へのお手紙で、
「あなたが斎宮として伊勢へ行かれるとき、別れの儀式で髪に櫛を挿してあげましたね。斎宮が交代するのは帝が代わるときですから、『あなたが都に戻る日が来ませんように』というお決まりの呪文を唱えなければならなかった。それを神様は覚えていらして、私とあなたを近づけまいとなさるのでしょうか」
と書かれていた。
源氏の君はこれをご覧になって、
<叶わぬ恋がつらいということは私が一番よく分かっているはずなのに、恐れ多くも上皇様をお苦しめしてしまった。八年も前から姫宮に好意を寄せていらっしゃったのだ。姫宮が伊勢から都にお戻りになって、さぁこれで妃にできるとお思いになっただろうに、それを私がかすめ取って帝の妃にしてしまった。どう感じていらっしゃるだろう。
帝の位をお下りになって、さみしくお暮らしなのだから、さぞかし恨めしくお思いのはずだ。私ならとても耐えられない。姫宮を入内させようなどと私が思いつかなければ、上皇様をこのようにお悩ませすることはなかった。私にとっては大切な、お優しい兄宮でいらっしゃるというのに>
と思い乱れてしまわれる。
女房に、
「姫宮はどのようなお返事をお書きになるおつもりか。他にも上皇様からお手紙があっただろう」
とお尋ねになる。
女房はお見せしなかったけれど、きっと未練たっぷりのお手紙だったのでしょうね。
姫宮はお返事を書きづらくお思いだった。
でも、女房たちが、
「お返事なさらないのはいかにもご冷淡で、恐れ多うございます」
と申し上げるし、源氏の君も、
「無視だなんて絶対にいけませんよ。形だけでもお書きなされませ」
とお責めになる。
姫宮は、
<このようなお手紙にお返事を書くのは恥ずかしい。でも、伊勢へ行く儀式でお目にかかった帝時代の上皇様は、とても上品でお美しかった。私を伊勢へ行かせることを惜しんで泣いてくださったのだ。幼心にもお優しい方だと感動したことを覚えている。そう、あのときはまだ母君がお元気で、一緒に内裏に上がって細々とお世話をしてくださった。まるで昨日のことのようだけれど>
と、さまざまなことを思い出しながらお返事をお書きになった。
「『都に戻るな』と仰せでしたのに、戻ってまいりました。あの呪文のはかなさが、今はかえって悲しゅうございます」
とだけお書きになったみたい。
源氏の君はお返事の内容を気にしておられたけれど、さすがに「見せてほしい」とはおっしゃれないわよね。
父親代わりをしている源氏の君は、姫宮を二条の院にお移ししてから入内させたいとお考えだったけれど、なかなか実行なさらないの。
やはり、上皇様が姫宮とのご結婚を希望されていることが引っかかっておられるのよね。
上皇様のご希望に背くことが恐れ多くて、積極的に入内のお世話をしようとはなさらない。
とはいえ、ご両親どころか頼りになる親戚もいらっしゃらない姫宮のお世話ができるのは、源氏の君だけよ。
二条の院にお移しするのは取りやめて、目立たないように、だいたいのご準備はしてさしあげたみたい。
上皇様はとても残念にお思いになったけれど、あからさまにご機嫌を悪くなさるような方ではないわ。
入内当日、姫宮に立派なお着物や家具、お香などをお祝いとしてお贈りになった。
あまりにも見事な品がたくさんそろえてあって、源氏の君への皮肉のようだったくらい。
<私の悔しさを分からせてやろう>
とお思いになったのね。
ちょうど源氏の君が姫宮のお屋敷へお越しになっていたから、女房はお祝いの品をお目にかけた。
櫛を入れた美しい箱に、小さな紙がついていたの。
上皇様から姫宮へのお手紙で、
「あなたが斎宮として伊勢へ行かれるとき、別れの儀式で髪に櫛を挿してあげましたね。斎宮が交代するのは帝が代わるときですから、『あなたが都に戻る日が来ませんように』というお決まりの呪文を唱えなければならなかった。それを神様は覚えていらして、私とあなたを近づけまいとなさるのでしょうか」
と書かれていた。
源氏の君はこれをご覧になって、
<叶わぬ恋がつらいということは私が一番よく分かっているはずなのに、恐れ多くも上皇様をお苦しめしてしまった。八年も前から姫宮に好意を寄せていらっしゃったのだ。姫宮が伊勢から都にお戻りになって、さぁこれで妃にできるとお思いになっただろうに、それを私がかすめ取って帝の妃にしてしまった。どう感じていらっしゃるだろう。
帝の位をお下りになって、さみしくお暮らしなのだから、さぞかし恨めしくお思いのはずだ。私ならとても耐えられない。姫宮を入内させようなどと私が思いつかなければ、上皇様をこのようにお悩ませすることはなかった。私にとっては大切な、お優しい兄宮でいらっしゃるというのに>
と思い乱れてしまわれる。
女房に、
「姫宮はどのようなお返事をお書きになるおつもりか。他にも上皇様からお手紙があっただろう」
とお尋ねになる。
女房はお見せしなかったけれど、きっと未練たっぷりのお手紙だったのでしょうね。
姫宮はお返事を書きづらくお思いだった。
でも、女房たちが、
「お返事なさらないのはいかにもご冷淡で、恐れ多うございます」
と申し上げるし、源氏の君も、
「無視だなんて絶対にいけませんよ。形だけでもお書きなされませ」
とお責めになる。
姫宮は、
<このようなお手紙にお返事を書くのは恥ずかしい。でも、伊勢へ行く儀式でお目にかかった帝時代の上皇様は、とても上品でお美しかった。私を伊勢へ行かせることを惜しんで泣いてくださったのだ。幼心にもお優しい方だと感動したことを覚えている。そう、あのときはまだ母君がお元気で、一緒に内裏に上がって細々とお世話をしてくださった。まるで昨日のことのようだけれど>
と、さまざまなことを思い出しながらお返事をお書きになった。
「『都に戻るな』と仰せでしたのに、戻ってまいりました。あの呪文のはかなさが、今はかえって悲しゅうございます」
とだけお書きになったみたい。
源氏の君はお返事の内容を気にしておられたけれど、さすがに「見せてほしい」とはおっしゃれないわよね。