愛ゆえに。【完】

見つめる先に私が居なくても


撮影中、私はいつも優羽の後ろ姿を見ていた。

カメラの前で微笑む彼は、まるで別人だった。
あの事件以来、優羽の瞳にはどこか影が宿るようになった。
なのに、ファンは気づかない。
スタッフも気づかない。
けれど、私は知っている。
あれは、「死」がすぐ近くにあった人間だけが持つ、哀しみの色だ。

私のせいで、そうなった。

私が兄を殺したせいで、優羽の瞳は変わってしまった。
守りたくて、壊した。

その矛盾が、胸の奥を爪で引っかくように痛む。

「カット!オッケーです、素晴らしかったです!」

監督の声が響いた瞬間、彼の表情がふわりと緩んだ。
スタッフに囲まれるその中心で、優羽は誰にでも優しく微笑んでいた。
それが仕事だとわかっていても、どうしても胸がざわつく。

「……はぁ、バカみたいだ、私」

彼が誰を見ていようと、誰に笑っていようと。
それは私の知る彼じゃない。
“私だけが知っている”優羽が、たまらなく愛しいのに。
私には、あの笑顔が向けられることはない。



「乃亜ちゃん、今日って……空いてる?」

帰り道、ぽつりと優羽が言った。
私の心臓が、無遠慮に跳ねる。

「はい、大丈夫です。何かご用事が?」

「少し、話したくて」

その一言で、世界が反転した気がした。

部屋に入ると、優羽はソファに腰を下ろして、深く息を吐いた。
俳優としての顔ではなく、“一人の男”としての顔がそこにあった。

「最近、思い出すんだ。あの事件のこと」

――やめて。

「俺さ、あの時……死ぬかもしれなかったんだよな」
「それでも、今生きてるって、不思議だよね」

私は息を潜めて立ち尽くした。
逃げ出したかった。でも、逃げられなかった。

「俺を助けてくれたのって……君、じゃないよね?」

静かに問われた言葉は、私の胸を刃のように突き刺した。

答えられない。
答えたら、終わってしまう。
それでも、目の前の彼は、私の本当を知っているようだった。

「――優羽くんを守りたいと思った人が、いただけです」

そう言うのが、精一杯だった。
私の声は、誰よりも震えていたと思う。
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