歪んだ月が愛しくて3



「リカっ!」



会長に案内してもらいながら出口へと繋がる門を潜ると、そこには今にも不安で泣き出しそうな未空が俺達の帰りを待っていてくれた。当然、お約束の熱い抱擁付きで。



「良かった〜!もう会えなかったらどうしようって心配してたんだよ!」



そんな大袈裟な…、と内心思いながら未空の言葉に耳を傾けていると斜め右上から鋭い視線が降って来た。
真面目に聞けって言いたいわけね、はいはい。



「怪我とかしてない?どっか調子が悪いとか…」

「大丈夫だよ。心配掛けてごめん」



ポンポンと、未空の背中に腕を回して落ち着かせる。
案の定未空は落ち着きを取り戻し俺の身体を解放してくれた。



「謝るのは俺の方だよ。リカが後ろから付いて来てるって思い込んであの女に引き摺られるまま突っ走っちゃったから…。そう!つまり全部アイツが悪いんだよ!」

「悪かったわね、突っ走って」



その声と同時に未空の後ろから葉桜先生が顔を出す。



「ハッ、本当のことだろう。何が護衛だよ、人一倍お化けにビビってたくせに。その上リカから目を離すなんてどうかしてる。今回は尊が捜しに行ってくれて何もなかったから良かったけど万が一リカに何かあったらどう責任取るつもりだよ!?」

「未空、何もそこまで…」



不意に会長の手が俺の肩に乗る。
その顔を盗み見ると会長は言わせて置けと言わんばかりの顔で未空と葉桜先生を見つめていた。



「それについては返す言葉もないわ。君の言う通り今のあたしは立夏くんの護衛として相応しくない。いえ、それ以前に神代近衛隊失格ね」



そう言うと葉桜先生は俺の正面に立って背筋を伸ばした。



「この度は誠に申し訳ございませんでした」



両手を身体の側面に付けて深々と頭を下げる葉桜先生に思わず顔が引き攣る。



「ちょっ、待って、やめて下さい!頭を上げて!俺別に怪我とかしてませんし、そもそも皆と逸れたのだって俺の不注意なんですから先生が頭を下げる必要はありませんよ!」



寧ろやめて!こんなところで恥ずかしいから!



「いいえ、立夏様は坊ちゃん達のご学友以前に御大様の大切なお客様。どんな理由があれその立夏様のお傍を離れたことは御大様のご命令に背いたも同じこと。どうか私めに罰をお与え下さい」

「ヒェェ〜」

「ひぇ?」

「大丈夫か、お前?」



どこも大丈夫じゃねぇよ!何人前で厨二病全開の台詞吐いちゃってんの!?自分達しか見えてないのかもしれないけど普通に第三者まだいるからね!?頭下げてる先生の後ろからひょこっと顔出して気まずそうに目を逸らしてるスタッフがいるからね!?
普通にお化け屋敷を楽しんでただけなのにどうしてこうなっちゃったんだよ。未空が余計なこと言ったから?会長が俺を止めたから?何でもいいから誰かこの状況をどうにかしてくれ。



「……何、この状況?」



そこに救世主が現れた。
聞き覚えのあるその声に勢い良く顔を上げれば何とそこにいたのは会長と同じくスーツ姿の陽嗣先輩だった。



「陽嗣先輩っ!」



何てかっこいい…じゃなくて、何てベストなタイミングで登場してくれたんだ。ありがとう陽嗣先輩。俺の救世主。



「ヨージ?」

「お前、何でここに…」

「何でじゃねぇだろう。いつまで車ん中に閉じ込めとくつもりだよ。すぐ戻るって言ったきり全然帰って来ねぇから心配で見に来てやったんだよ」

「車?……もしかして今日の仕事相手ってヨージだったの?」

「んなわけねぇだろう。今日の俺はコイツの補佐役。早く仕事覚えるためにコイツに付いて回ってんだよ。そう言うお猿は何でこんなとこにいんだよ?今年は神代に帰らないで寮で過ごすんじゃなかったのか?」

「赫赫然々。色々あって夏休みの翌日から神代にいるよ、リカと一緒にね」

「りっちゃんも?」

「まあ、そう言う流れで…」

「何々?急展開じゃねぇの。俺と九澄の知らないところで一気に進展しちゃった感じ?(笑)」

「進展?」



何の?



「お父さんよ〜、そう言うことは逐一報告してくんなきゃダメじゃねぇの〜」

「いつ誰がテメーの父親になった?」

「ん?でもこれってどっちだ?お前?未空?それとも3…「いい加減空気を読め」



会長の肩に腕を回す陽嗣先輩は先程までのおちゃらけた雰囲気を一掃させスッと目を細めてある一点を見つめる。
その視線の先にあるのは現在進行形で頭を下げたままの葉桜先生だった。



「空気読めって言われてもな〜。ぶっちゃけ俺にはどうすることも出来なくね?」



そんなことない。陽嗣先輩オハコの空気を読めないようで読める攻撃で何とかしてくれ。頼むから。
その一心で陽嗣先輩に視線を送るとどうやら無意識に陽嗣先輩のスーツを掴んでいたみたいだ。



「なぁに?」



にんまりとした悪戯な笑みが徐に近付いて来る。



「どうすればいいと思います?」



俺は葉桜先生をチラッと見ながら陽嗣先輩の耳元で呟いた。



「藪から棒ね〜。この状況だけで俺に判断出来るわけないっしょ。とりあえず何か言ってあげれば?」

「何かって…」

「普通に頭を上げろでいいんじゃねぇの?」

「さっき言ったんですけどダメでした。終いには罰を与えろって言われちゃって…」

「尊に?」

「先生本人に」

「成程ね…。じゃあこう言うのはどうよ?」

「―――は?え、それが罰?」

「嫌だったら他のことでもいいんじゃない?」

「嫌とかそう言うことじゃなくて…」

「じゃあ決定。大丈夫、俺の言った通りにすればすぐ解決すっから。早いとこマキちゃんを罰して頭上げさせてやんなよ。そうしないと尊もここから動けねぇしさ」

「……それ、俺が言うんですよね?」

「もち!」



満面の笑みで肯定されて行き場のなくなった俺の感情はどうしたらいいんだろう。
そもそも陽嗣先輩から伝授されたソレをそのまま口に出してもいいのだろうか。聞いといてこんなこと言うのもあれだけどイマイチ信用ならないんだよな、その笑顔が。
後ろでは「ヨージ、リカに何言ったの?」とか「お前アイツに何言わせる気だ」とか何やら不穏な声が聞こえて来て俺の不安を更に助長させる。
ええい、こうなったらヤケだ。元ネタ知らないけどそれっぽく言ってやる。



頭を下げる葉桜先生の肩にポンッと手を置いて。



「焼きそばパン買って来いやぁ〜。後ジャン◯もな〜。勿論お前の金で」←表情はご想像にお任せします。



シーン…。



……………うん。だよね。何となく分かってた。
このシラけた空気の中、陽嗣先輩だけは身体を小刻みに震わせて込み上げる必死で笑いを堪えていた。◯してやろうかコイツ。
そんな俺に葉桜先生は何事もなかったかのようにスッと頭を上げて「畏まりました」と平然に答えた。知ってか知らずか俺の羞恥心に追い打ちを掛けた張本人は焼きそばパンを求めて何処かに行ってしまった。
お化け屋敷の出口の真ん前に取り残された俺達と数人の従業員。そんな中、殺意を彷彿とさせるあの声が嬉々として響いた。



「これで万事解決っしょ!」



殺っ!!















「(アイツ変顔も出来んだな…)」

「(必死で平静を装ってる顔も可愛い…っ)」


< 100 / 122 >

この作品をシェア

pagetop