歪んだ月が愛しくて3
「……あ、あのさ、さっきは懐中電灯って言ったけどあれは冗談って言うか…、本当はずっと太陽みたいな人だと思ってたんだ」
「太陽?」
「会長だけじゃないよ。未空も陽嗣先輩も九澄先輩も…、聖学で出会った大切な人達は俺にとって太陽みたいに眩しくてどこか近付き難い存在だったから…」
「………」
「あ、近付き難いって言うのは最初の印象ね。今はそんなこと思ってないから。線引きしなきゃいけないって分かってたのに誰かさん達が勝手にバリケードを壊しちゃうから境界線も何もあったものじゃなかったけど。……でもそのお陰で大切なものに気付かせてもらった気がする」
「何故今になってそれを言う?」
「だって前に会長が言ってたじゃん。俺に大切なものが出来るのは良いことだって。だから俺にそれを気付かせてくれた会長には感謝してるんだよ。会長がいればどこにいても道に迷わずに進むことが出来そうで…、懐中電灯も太陽も俺からしたらどっちも暗闇を照らしてくれる唯一の光だから」
歩きながらそんな話をしていると不意に会長は足を止めて片手で目元を押さえながら何故か「はぁぁ〜」と盛大に溜息を吐いた。
終いには「散々力説してやったのに何も分かってないじゃねぇか…」と不満を漏らされた。
あれ?また俺間違えた?
「……俺が太陽なら、お前は月みたいな奴だな」
「月?」
「夜空に浮かぶ月だ。暗闇の中では唯一の目印となってくれる」
「まあ、田舎とかならそうなのかもね。今時都会じゃ有り得ないけど」
「そうとは限らねぇだろう」
「え?」
「暗闇ってのは内外問わずどこにでもあるもんだ。それが大なり小なり人間誰しもそう言う部分を心に秘めて生きている。どこにいけばいいのか分からずただ闇雲に暗闇の中を彷徨い続ける人間だっている。そんな人間からしたらお前の存在は一種の目印になるんじゃないか?」
「……何で、それで俺が目印になるの?」
「自分が他人に与える影響を全く理解してないんだなお前は。それを理解してないお前に何を言っても響かないだろうが、強いて挙げるならお前は見た目も中身も極端で色々とぶっ飛んでるからそのギャップに惹かれる連中がいるんだろう。一度気になったら抜け出せない。気付いた頃にはお前と言う目印から目が離せなくなっている。まるで一度ハマったら抜け出せないヤクみたいにな」
「そんなことないと思うけど…」
「やっぱ響いてねぇな…。まあいい。ただ俺がお前を月だと言ったのはそれだけが理由じゃない」
何だか今日の会長はよく喋るな。いつも以上に饒舌と言うか、機嫌が良いと言うか。今この場に未空や陽嗣先輩がいないから余計にそう感じるのかもしれない。
それにしても月って…。あの頃の俺をそう例える人間は何人かいたけど、彼等はいつも決まって「手の届かない存在だから」と付け足し俺と言う存在を自分達の中で勝手に美化して新しいものに作り変えていた。大して知りもしない人間からどう思われようとあの頃は気にも留めていなかったが、会長に言われると何だか妙な気分で喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分からない。いや、不満なのかもしれない。自分だって会長のことを太陽と称したくせに自分が言われるのは嫌なんてまるで子供だ。
(会長もこんな気分だったのかな…)
「あの、怒ってます?知ったかぶって会長のことを太陽なんて言って…」
「いや。昔未空にも似たようなことを言われたから思い出しただけだ」
「未空が?」
「お前に太陽みたいって言われて何とも思わなかったわけじゃないが、考えようによってはそれも悪くない」
「……要するに怒ってないってことでいいんですか?」
「ああ。寧ろその逆だ」
「逆?」
「月は太陽の光によって輝く。言い方を変えれば太陽の光がなければ月は輝かない。だから俺がお前の言うように太陽だと仮定してそれによって月が輝くならそれ以上に気分が良いことはないからな」
その端正な顔を近付けてまるで見せ付けるかのように口角を上げる会長にはきっと俺の気持ちなんて分からないだろう。
その他大勢と同じように思われるのが嫌で落胆して、でも会長は他と違う視点から俺のことを見ていてくれてそれに勝手に舞い上がって。そんな風に言われて俺が何とも思わないと思ってんの?俺はサイボーグじゃない、血の通った人間なんだよ。こんなの好きになるに決まってんじゃん。
「誑し込んでるのはどっちだよ…」
その声が会長に届いたのかは分からない。
でも会長は繋いだままの手の甲にチュッと唇を落として。
「お前が俺の月ならご立派な太陽も悪くない」
会長は知らないだろうな。
いつだって救われていたのは俺の方なんだよ。
どんな時でも俺の言葉に耳を傾けてくれて、何もかも諦めていた俺に光を見せてくれて、こんな俺を仲間だと言って受け入れてくれて、いつだって優しさを、温もりを、嬉しさを惜しむことなく与えてくれた。
そんな会長が傍にいてくれるから俺は正気を保っていられる。輝いていられる。
『―――他人の犠牲の上に成り立つ存在って何なんだよ…。これ以上ないものを奪っておいて、踏み躙っておいて…っ』
『それでもお前がそうして生きているのは希望を捨ててないからだろう?この世に生きる自分以外の人間がお前を拒絶するわけじゃないってことを知ってるからじゃねぇの?』
『知らない…、そんなもの知らない…。希望なんて…』
『あるよ』
『ねぇよ!!』
……ごめん、公平。
今なら分かるよ。
ずっと分からないふりをしてただけで本当は知ってたんだ。
この世に拒絶があるように手を伸ばしてくれる人だっているってことを。
『……今は分からなくてもいつかきっと分かる時が来る。お前は1人じゃないってこと、いつか必ず実感させてやっからな』
実感してるよ、今。
どうやら俺にとっての光は一つだけじゃなかったみたいだ。