歪んだ月が愛しくて3
「園長先生ってことは隣の保育園の?」
「シスターは保育園だけじゃなくこの教会と隣の児童養護施設の運営を任されとる責任者じゃ。今日は年に一度のチャリティーバザーの日でシスターを始めとする地元の人間等によって福祉活動の支援を目的として開催されてる。それでこの施設運営に支援してる儂も率先して手伝いに来てると言うわけじゃよ」
「バザー?」
シスターの説明によると年に一度のこのバザーは事前に応募すれば一般人でも参加可能だが、主な参加者は地元町内会の人達と保育園に通う子供とその親族、職員、児童養護施設にいる子供達や職員、内部調査を兼ねて厚生労働省の役人やその他関係者等に集中するらしい。
通りで休日にも関わらず賑わってたわけだ。
「儂はここのバザーが好きでの。シスターに無理を言って毎年開催してもらってるんじゃよ」
「いいえ、会長さんのご支援があってこそこのバザーを成し遂げることが出来るのですよ」
「儂は無駄なものに投資はせんよ。この場所は子供達にとってなくてはならない大切な場所じゃ。住まいであり、帰る場所であり、そしてここで暮らす子供達にとっては小さな世界も同然。その世界を大人が守らんで誰が守る?」
「仰る通りですね。子供は宝ですから」
「宝…」
ここにいる子供達は大切に育てられてるんだろうな。
まもちゃんやシスターの言葉の端々からそれが伝わって来る。
「立ち話もなんですから話の続きは昼食を摂りながら如何ですか?」
「そうじゃの。2人も腹を空かしとるだろうし案内してくれるかシスター」
「こちらでございます」
「あ、あのっ」
「ん?どうしたんじゃリリー?」
「昼食って…、もう準備してるんですか?」
「本日はバザーに出品しているものをお出しするつもりでしたのですぐにでもご用意出来ますが」
「だったら俺と未空は施設内を回りながら昼食を摂ってもいい?」
「何じゃ、儂とは一緒に食べてくれんのか?」
「そのつもりだったけど俺バザーに来たの初めてだからゆっくり見ながら回ってみたいと思ってさ…、ダメかな?」
「ほお、リリーはバザーに興味があったのか。ならば一緒に昼食を摂るのは諦めよう。その代わりディナーは譲らんからの」
「ありがとうまもちゃん」
「未空、案内してあげなさい」
「はい」
「ああ、それと今日は来訪者の数も多いから財布や携帯と言った貴重品は肌身離さず持っていなさい」
「?」
「あ、うん…」
まもちゃん達と別れた後、俺は未空の案内で隣の保育園へとやって来た。
普段子供達が遊ぶ園庭は教会の渡り廊下と繋がっているため広大で開放的な空間となっていた。
そこには卒園生や関係者等から寄贈された新品や中古の衣料品、雑貨、日用品などがお得な値段で出品されていた。
「へぇ、バザーってこう言う感じなんだ」
敷地内に足を踏み入れて思ったのは想像していた以上に賑わっていたこと。
来訪者は大人と同じくらい子供の数も多く、園庭の端の方には子供達が楽しめるように輪投げや射的などと言った縁日が出ていた。
保育園と児童養護施設が併設してるだけあって子供ファーストの空間となっている。
俺もカナと保育園に通ってたな…。俺達が通っていた保育園はここまで大きくなかったけど、それでもあの年齢の子供にとってはあの空間が世界の全てだった。もう殆ど覚えてないけど。
「リカ」
「ん?」
不意に横から声を掛けられて未空を見た。
「ごめんね、気を遣わせちゃって…」
未空は俺に話し掛けて来たくせに俺の顔を見ようとせず足元の芝生ばかり見ていた。
「何のこと?」
「惚けなくていいよ。俺がシスター達の前で気まずい雰囲気出しちゃったから気を遣って俺をあの場から遠ざけてくれたんでしょう」
気を遣ったつもりはないが、今の状態の未空をあのまま放置しても良いことはないと思っただけ。
未空にとってシスターがどんな存在であってもまずは未空の話を聞かないことには判断の仕様がない。だから未空が話し易いようにあの場から離れたのだ。
どうせ未空の護衛が近くに潜んでるんだろうけど未空の視界にさえ入らなければそれでいい。あえて距離を取る必要はない。
「未空が言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど、もしかしてここって…」
本来鈍い俺でも感じ取れてしまった違和感。
その正体は…。
「……ここはね、俺が5歳から8歳まで過ごした場所なんだ」
ああ、やっぱり。
どうやら俺の違和感は正しかったようだ。
本人はなんてことないって顔して澄ましてるけど、俺にはその横顔が諦めにも似た寂しげな顔に見えて切なさを覚えた。
「その後は尊が俺を見つけてくれてまんまと神代家に引き取られたってわけ」
ヘラっと笑う。
(じゃあその前は?)
そんな疑問が一瞬脳裏に過ったがそれ以上深掘りすることは出来なかった。いや、したくないと思った。
今突っ込んだことを聞けば未空は勢いで答えてくれるかもしれない。でもそんな風に過去を暴いても何の意味もない。俺が知りたいのは未空の過去じゃなくて未空が今何を考えてこれからどうして行きたいのかってことだ。
だからこれ以上は何も聞かない。未空が自分から俺に話してもいいと思うまでは。
「シスター、良い人そうだったね」
「え、あー…うん。園長先生は良い人だよ。こんな俺にも優しくしてくれて、あの時は分からなかったけどあの人なりに俺に寄り添ってくれてたんだと思う」
「じゃあその人となりを見込まれてここの代表になったのかな?それともシスターの人となりを知ってまもちゃんはここを支援することを決めたのか…」
「さあ、どっちだろう。俺には分からないや」
「分からないなら今からそれを確かめに行かない?」
「え、確かめるって…」
「折角ここまで来たんだからいつまでも何もしないで突っ立てるのは時間の無駄ってこと。空腹を満たすついでに色々と見て回ろうよ」
そう言って強引に未空の手を掴んで歩き出した。