歪んだ月が愛しくて3



自分から未空の手を掴んで歩き出したはいいものの初めての場所でどこに何があるか分からず、結局未空に案内してもらうことになりまずは保育園のホールに向かった。そこは模擬店がいくつも並ぶ飲食コーナーとなっていた。場所が保育園と言うこともあり子供向けが多く甘いものからしょっぱいものまで、主食と言うよりも手軽に食べられる軽食が殆どだった。だから普段は食べないクレープやチョコバナナ、しょっぱいものが欲しくなってたこ焼きやソース煎餅を買い込んで飲食スペースの椅子に座った。
未空は「食欲がない」と言いつつも俺より遥かに大量の食品を買い込んでは俺よりも早いペースでそれらを平らげていく。もうお約束だよね。



「たこ焼きを見るとこの間のお祭りを思い出すな」

「確かに。あの時も大量に買い込んでたしね」

「あの時に比べたら少ない方でしょう?」

「ノーコメント」

「何で!?」



胃が満たされていくにつれて未空の元気も回復して来たのかいつもの調子を取り戻しつつあった。



「何か…、前にも思ったけどリカの食べ方ってエロいよね」

「……どこ見てんだよ、エッチ」

「ぐっ!!(ずっきゅーん♡)」



最初は戸惑っていた未空だがバザーに参加する人達の雰囲気や笑顔にいつしか素の笑顔を見せてくれるようになっていた。
そんな未空の様子に安堵した矢先、何やら遠くの方で言い争っているような声が聞こえて来た。



「何だろう。喧嘩かな?」

「……ちょっと様子見て来る」

「あ、待って!リカが行くなら俺も行くよ!」



声の出所はホールを出て約50メートル先にある「展示品コーナー」と色紙で飾り付けられた教室内から聞こえて来た。
そこには何やら興奮気味に喚き散らす年配の女性とその女性を宥める複数の職員達がいた。



「だからさっきから何度も言ってるでしょう!バッグの中から財布が無くなってるのよ!スリよ、スリ!」



どうやら年配女性のハンドバッグの中から財布が無くなっていたようだ。
正直良くある話だと思った。こんな密集した空間でスリや置き引きが起きない方が珍しい。それに加えて財布を盗られたと言っている年配女性は近所によくいるおばあさんって感じではなく明らかに身綺麗なセレブと言った雰囲気を醸し出す女性だった。この人がカモにされるのは必然とも言える。ただ場所が場所だけに不愉快極まりないと言うのが正直な感想で、まもちゃんが支援するこの施設で平気で盗みを犯すコソ泥はさぞかし心臓に太い毛が生えているようだ。



「あの…、もしかして財布ってこれのことですか…」



そこに小学生くらいの少年が黒色の長財布を持って年配女性の元に近寄って来た。



「これよ!私の財布だわ!」



そう言って少年の手から長財布を奪った年配女性は届けてくれた少年に目もくれずすぐさま財布の中身を確認する。当然感謝の言葉も一切ない。
そればかりか「……ない、ないっ!入ってたはずの現金がどこにもないじゃない!」と更に喚き出した。



「……まさか、アンタが盗ったんじゃないでしょうね?」



年配女性の矛先が少年に向く。



「え、僕、ですか…?」

「財布を持って来たアンタならいつでも中身の現金を盗むことが出来るじゃない!」

「そんな、何で僕が…っ」



少年が困惑するのも無理はない。
財布を届けただけで犯人扱いされたら堪ったものじゃないだろう。届出人=窃盗犯って疑われたら落とし物を拾ってくれる人がいなくなってしまう。



「落ち着いて下さい乙黒様!」

「この子はそんな大それたようなことが出来る子ではありません!」



年配女性に詰め寄られて困惑する少年を職員達が背中に隠して必死で誤解を解こうとする。
しかし年配女性は凝り固まった考えをさも当然のように言い放ち職員達の言葉にまるで耳を傾けない。



(ダメだ、こりゃ…)



俺は埒が明かないやり取りに溜息を漏らして未空と共に少年の元に向かった。


< 103 / 122 >

この作品をシェア

pagetop