歪んだ月が愛しくて3



「あの財布はどこにあったの?」

「あ、これはすぐそこのトイレのゴミ箱に捨ててあって…。ブランド物の財布だったし、何で男子トイレに女性物の財布があるのか不思議に思ったから先生に届けようと思って持って来たんです。そしたらこの教室から財布がないって声が聞こえて…」

「中は確認した?」

「いや、見てないです」



少年から年配女性へと視線を移す。



「無くなってるものは現金だけですか?」

「え?」

「クレジットカードとか身分証は無事ですか?確認して下さい」

「カードと身分証は…、無事よ。ちゃんと入ってるわ」

「最後に財布を見たのはいつですか?」

「最後?確かこの部屋に入る前に立ち寄ったホールの中で…」

「職員さん、ホールからこの教室までの間に防犯カメラって付いてますか?」

「い、いえ…」

「でもあれは?」

「あれはダミーです。保育園は園長室と職員室の中にしか防犯カメラは付いていません」

「成程ね…」

「ちょっとアンタ、いきなり話に入って来て何が成程なのよ?」

「物証が足りないと思っただけです。せめて防犯カメラの映像があれば貴女の財布がいつどこで盗まれたのか、その犯人は誰なのか、貴女の言う通り本当に財布に現金が入っていたのかも証拠として残せたんですけど」

「私が嘘を吐いてるって言うの!?失礼ねアンタ!私が誰だか知ってそんな口聞いてるの!?」

「あくまで客観的な意見です。貴女の言葉を疑ってるわけじゃありません。それと俺は貴女のことを存じ上げません。初対面ですよね?」

「っ、生意気な職員ね!やっぱりこんなところで働いてる人間は碌な教養を受けてないようね!」

「こんなところ?」

「この施設は児童養護施設も併設してるそうじゃない。親に捨てられて碌に教育も受けられない人生負け組の子供達が大勢いる。そんな彼等の行き着く先は良くて高卒のフリーター、最悪犯罪者ってところじゃない?まあ仕方ないわよね。アンタ達みたいな職員じゃ子供達を正しい道に導くなんてこと出来るはずないもの」

「お前…っ」

「アンタ、それ本気で言ってんの?」



あまりに身勝手な持論を述べる年配女性に未空が声を上げようとした時、咄嗟に未空の手を掴んで言葉を被せた。
咄嗟のあまりつい低い声が出てしまった。
人を見掛けで判断するべきではないと頭では分かっていてもどうしても彼女の言動が癪に障り不快感が募っていく。



「リカ…?」



そんな俺を不安げな瞳で見つめる、未空。
でも俺は未空の視線に応えることなく目の前の年配女性から目を逸さなかった。



「っ、……な、何よその目は?本気だったら何だって言うのよ!?」

「児童養護施設にいる子供達は親に捨てられた子供だけじゃない。親の虐待、病気、離婚、あるいは死別とか様々な事情により家庭で養育出来ない子供達を養育し保護する施設です。犯罪予備施設なんかじゃない。総理大臣になるようなご立派な教育は受けられなくても最低限の学習サポートはしてくれるし、人間関係や地域との交流を通じて社会性を学ぶことも出来る。1人の人間として社会に混じって生きていける。この場所は子供達にとってなくてはならない大切な場所です。住まいであり、帰る場所であり、そしてここで暮らす子供達にとっては小さな世界も同然。その世界を大人が守らないで誰が守る?人生負け組?それを決めるのは貴女じゃない、子供達自身だ」

「フン、所詮綺麗事ね。学がなければ良い学校や良い会社に就職することも出来ないのよ。良いところに就職出来なければお給料だって少ないし最低限の生活だって出来なくなるかもしれない。それがストレスとなり心に余裕がなくなり犯罪紛いなことに手を染めてしまうことだってあるんじゃないかしら?今みたいにね」

「…、」



チラッと、年配女性の視線が少年に向けられる。



「貴方はまだ若いからそう言うところまで考えが及ばないのも無理ないわ。いいのよ、無理に反抗しなくたって。貴方のように学のない人間は吠えることしか出来ないのでしょうけど、若輩者は若輩者らしく年上の言うことに耳を傾けないと後で後悔することになるわよ」

「歳取ると話が長くなるって本当ですね」

「……何ですって?」

「あ、聞こえてました?耳が遠くて聞こえてないと思いましたよ」

「アンタねっ!何て野蛮で下品な人間なの!親の顔が見てみたいわ!」

「怒ったの?散々他人のことはボロカス言ってたくせに自分は貶されると怒るんだ?まあ、貴方もそれなりの年齢みたいですし頭デッカチで融通が効かないところがあるのは仕方ありませんが。でも偶には年下の言うことにも耳を傾けるものですよ。他人を傷付ける言葉を平気で口にするなんて最早大人でも何でもない、無駄に歳食っただけの老害でしかありませんから」

「老害ですって!?もう我慢ならないわ!責任者を呼んで頂戴!こんな無礼な職員、責任者に言って今すぐクビにしてもらうから!」



年配女性の言葉に狼狽える職員達。それもそのはずだ。だって俺はここの職員ではないのだから。



「あ、あの…」

「何よ!とっとと呼んで来なさいよ、このノロマ!」

「いや、あの、彼はうちの職員ではないのですが…」

「は?じゃあアンタは一体…」


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