歪んだ月が愛しくて3
未空を見つけたのは児童養護施設の敷地内だった。
バザーで一般開放されているとは言え居住区内のため人気が少ない。そんな場所で未空はあの少年を捕まえて2人きりで何やら話し込んでいた。その様子を少し離れたところから観察する。
「出せよ、あの女の財布からスった金」
ああ、やっぱり未空は…。
「いきなりなんですか?俺は捨ててあった財布を届けただけですよ」
「第一発見者を疑えってよく言うじゃん」
「は?アンタふざけてんの?」
「ふざけてねぇよ。よく考えたなって感心はしたけど」
「感心?」
「自分が見つけたことにすれば万が一お前が財布を手に持っているところを見られていても言い訳が出来るもんな。どこで盗ったか知らないけど防犯カメラがなければ証拠は残らないから現行犯で見つからない限り後で追及されることはないと思ったんだろうけど、詰めが甘いんだよ」
「……俺は何も盗っちゃいない。アンタの勘違いだ」
「だよな。そう言うと思ったわ。盗られたのは現金だけだから犯人を特定すんのは不可能に近いもんな、普通なら。お前が頭使ったなって思ったところは正にそこでさ。だから足が付くクレジットカードや身分証には手を付けなかったんだろう?でもだからこそお前以外に犯人はいないと思ったんだけど」
「クレジットカードや身分証に手を付けなかったから犯人は俺?足が付くから?そんなのちょっと頭が良い奴だったらすぐに思い付くだろう。現にアンタだってそうじゃん。それに盗んだものをすぐにどこかに隠しちゃえば何とでも言い逃れ出来る。俺じゃなくてもね」
「じゃあ何であの財布が女性物だって分かったんだ?」
「え?」
「あの財布の色は黒だった。ブランドのロゴも内側に刺繍されてるタイプのもので外見だけではどこのブランドのものか分からないし、一般的に女性物のブランドってわけでもない。ぶっちゃけお前に言われなければ女物か男物かなんて分かんなかったわ。それなのに何で中身を確認してないお前が“女性物の財布”って断言出来たんだ?お前があの女から盗った財布だったからつい“女性物の財布”なんて言ったんじゃないのか?」
「っ、」
凄い。名探偵じゃん。某探偵漫画の主人公顔負けの名推理だよ。
まさか俺が抱いた違和感と同じものをこんな風に言葉にして本人に直接指摘するとは思わなかった。
俺は違和感程度だったから様子見のつもりだったけど、本人に直接当たったと言うことは未空はそれ以上の確信を持っていたようだ。財布から現金を盗んだ犯人がこの少年だと。
「……だったら何?警察に連れて行く?」
観念した様子の少年が未空の前で開き直る。
全く反省の色が見えない少年に未空は強気の態度を見せる。
「それはお前次第だよ」
「俺次第?」
「逆にお前はどうするつもりなんだよ?自分が犯人だって認めて、反論出来ないからって開き直って、お前はこれからどうやって償って行くつもりだよ?」
「は?償う?金持ちから金盗んで何が悪いんだよ?どうせ腐るほど持ってんだ。誰かが使ってやらなきゃ勿体無いだろう。どうせ使いもしないバッグやアクセサリー買って引き出しの奥に眠らせて置くだけなら俺がその金使ったって問題ないじゃん。要は社会貢献って奴だよ」
「……お前、バカなの?」
「あ?」
「ガキのくせに何粋がってるの?人のもん盗っといて何が社会貢献だよ。どっちかって言うと社会の膿って奴じゃねぇの?」
「っ、」
「それと、こんなこといつまでも続けるつもりだよ?この調子だとマジで警察にパクられるぞ?もっと自分の人生大切にしねぇとマジで人生終わるぞ」
「……じゃあアンタは社会にとって必要な人間だって言うのかよ。金持ちの家に生まれただけで何でそんな偉そうに説教垂れんだよ。ただ人より恵まれた環境にいるってだけだろう?アンタはそんな偉い人間なのかよ?」
「………」
「アンタには分からないよ。偶々運良く金持ちの家に生まれたってだけで生きるために必要なものは何でも与えられて、欲しいものは何でも手に入るアンタなんかに俺の気持ちなんて…」
「……それが人のものを盗った理由?だとしたらそんな気持ちなんて分からないけど、お前が金持ちを恨む理由なら理解出来るよ」
「お前なんかに分かるわけっ」
「分かるよ。俺もそうだったから…」
そう言った未空の顔は憂いを帯びていて苦し紛れに口元に弧を作っていた。
嘘を吐いているようには思えないその表情に少年は言葉を閉ざした。
「子供の頃、俺もこの施設にいたんだ。少しの間だったけど」
「え、でもアンタは神代のじいさんの…」
「養子だよ。だから血は繋がってない。だからってわけじゃないけどお前が金持ちを恨む理由は俺も理解出来るんだ。てか金持ちだからってわけじゃなくて自分より恵まれてる人間が羨ましいってだけだろう?でもそんなの当たり前なんだよ。皆誰しも自分に持っていない部分を補いたいと思ってそこばっかに目が行くもんだから」
「………」
「だからお前の言う通り、別に俺は社会にとって必要な人間ってわけじゃない。寧ろその逆でいらない人間だったから捨てられたんだと思う。当然真っ当な人間には育たないよな。俺もお前のこと言えないくらい好き勝手やって園長先生を困らせてたから偉そうに説教するつもりはないよ。でもそんな俺を暗闇から救い出してくれた人がいた。光を見せてくれた人がいたんだ」
「光?」
「うん。とびっきりでっかい太陽みたいな光」
それは先程とは打って変わり穏やかで希望に満ちた生き生きとした瞳だった。
太陽みたいな光、か…。
俺の知る限りでそんな人は1人しかいない。
「そんなの、ただ運が良かっただけだろう…」
「その通りだよ。俺は運良く見つけてもらえた。だから俺は今ここにいる。住む場所、食べる物、着る物、何不自由ない生活を送らせてもらってるよ。でもそれを当たり前のことだとは思ってない。ぶっちゃけ少し前まではクソみたいなことしか考えてなかったけど、ある人の生き方とか考え方が自分を見つめ直すきっかけになったって言うか、だから今もこんな柄にもないことしちゃってるって言うか…。まあ、何が言いたいかって言うとお前もいつか自分の考えを見つめ直すきっかけがあるかもしれないってこと」
「何それ?俺にもアンタみたいに運が回って来るってこと?それって勝ち組の余裕って奴?マジうざ。そんな都合良く神代のじいさんみたいな大金持ちが俺なんかを拾ってくれるわけないだろう」
「よく分かってんじゃん。このまま今の生活を続けてたらお前を必要としてくれる人間は見つからないよ。他人の物を平気で盗んだり、悲劇の主人公を気取って自分だけが不幸だと勘違いしてる痛い奴に誰が手を差し伸べてくれると思う?」
「じゃ、どうしろって言うんだよ…」
「考えろよ」
「考えても分かんなかったら!?」
「その時は俺も一緒に考えてやる。考えて、考えて、いつかお前の納得いく答えに行き着くまで根気強く付き合ってやるよ。まあ、2人で考えたところで答えが出るとは限らないけど」
真剣な顔で話していたかと思えば急におちゃらけた雰囲気を出す未空に、少年は可笑しなものでも見るような目で驚いていたが次第にハッと乾いた笑みを漏らして苦笑した。
「偉そうに説教したくせに断言はしないんだな?」
「こう見えても俺って頭悪いんだよね。それに俺が考えてすぐに思い付くようなことならとっくに誰かが助言してるだろうし。だから考えて考えて…、とりあえず一緒に考えることなら俺でも出来るからさ」
「ははっ、それなりに地位のある連中は耳触りの良い言葉を並べるばっかで全然耳に入って来ないけど、アンタの言葉なら信じられる気がするよ」
「それは良かった。それと何か勘違いしてるっぽいけど、手を差し伸べてくれる人間が必ずしも金持ちとは限らないぞ。お前が気付いてないだけでお前を気に掛けてる人間は意外と近くにいるかもしれないんだから」
「俺の、近くに…?」
首を傾げて分からないって顔をする少年に未空は「だから考えろって言ったじゃん」と少年の頭に手を乗せてクシャクシャと撫で回した。
そんな2人の元に近付くと俺の存在に気付いた未空は一瞬驚いたような気恥ずかしい表情を浮かべたが、少年と俺の顔を交互に見てお日様のようにニカッと歯を見せて笑った。
『彼奴のこと、頼んだぞ』
ねぇ、まもちゃん。
まもちゃんは俺に未空のことをどうにかして欲しいんだろうけど、今の未空を見ても同じこと言うかな。
正直俺はさっきまでの不安が嘘のように前を向いて歩く未空しか想像出来ないんだよ。