歪んだ月が愛しくて3



少年は未空に付き添われてシスターのいる園長室へと入って行った。
3人がどのようなやり取りをしているのかは定かではないが、園長室に入って行く時の少年の不安そうな顔とそんな少年の後ろから保護者顔負けの頼もしい顔で「任せて」とウィンクした未空を見て過度に心配する必要はないと思った。
未空が戻って来るまで園長室前の廊下の壁に寄り掛かって待っていると不意に「リリー」と呼ばれ葉桜先生を引き連れたまもちゃんが俺の元までやって来た。



「折角バザーを楽しんでくれてたのに水を差してすまなかったの」

「まもちゃんが謝ることじゃないよ。それに全部は回れなかったけど十分楽しめたから俺的には初バザーを満喫出来たと思ってるよ」

「それを聞けて安心した。だがこの爺に挽回のチャンスをくれないか?」

「チャンス?」

「リリーさえ良ければ来年のバザーも誘っていいかの?今日の挽回とは言ったが毎年1人で参加するのは寂しくての」

「勿論だよ。挽回のチャンスとは言わず2人でデートしよう」

「約束じゃぞ。男に二言はなしじゃからな?」

「まもちゃんこそ忘れないでよ?」

「儂がリリーとの約束を忘れるわけないじゃろう。例え天変地異が起きて道が塞がろうとも足を骨折して歩けなくなろうとも這ってでも行くぞ」

「流石に天変地異が起きたらバザーも中止だって」



でもまもちゃんの場合、否定しきれないから怖いんだよ。マジでやりそうで。



「そう言えば未空の姿が見えんようじゃが…」

「今シスター達と園長室で話してるよ」



そう言うとまもちゃんは「そうか…」とだけ言って園長室のドアを憂いを帯びた顔付きで見つめていた。



「あの時、まもちゃんは俺に未空のことを託したけど俺が行くまでもなかったよ。未空は自分1人でちゃんとあの子と向き合っていたから。この先どうなるか分からないけどあの子のことは未空に任せておけば大丈夫だと思うよ」

「リリーが言うならそうなんじゃろうな。儂は少々過保護だったかもしれんの」

「かもね」



まもちゃんと談笑していると葉桜先生に声を掛けられた。



「立夏様、もし宜しければこちらを」



そう言って葉桜先生が差し出したのは綺麗にラッピングされたシフォンケーキだった。それも二つも。



「これは…」

「バザーで販売していたものです。もし宜しければお土産にどうぞ」

「態々買って来てくれたんですか?」

「私の好物なんです。毎年この時期になると御大様にくっついてこれを買いに来るほど。ですから立夏様にもこの美味しさを布教したいと思いまして、要は押し売りです」

「ありがとうございます…」



この二つのシフォンケーキが意味するものは何だろうか。
葉桜先生はお土産って言ってたけどシフォンケーキそのものと言うより二つってのがどうも引っ掛かる。
そもそも葉桜先生が俺にお土産?神代でもない俺に?シフォンケーキに罪はないけど何となくこの場で食べるのは気が引けた。



「……あれ?」



その声がする方に視線を向けると未空が園長室から出て来たところだった。でも部屋から出て来たのは未空1人。シスターと少年の姿はない。



「おかえり、未空」

「ただいま。待たせちゃってごめんね」

「まもちゃんと葉桜先生が話し相手になってくれたから全然待ってないよ。それよりあの子は?」

「まだ園長先生と話してるよ。とりあえず大丈夫そうだったから俺は抜けて来たけど」

「そっか」



未空が「大丈夫」って言うなら安心だな。
未空に責任を押し付けるわけじゃないけど、今誰よりもあの子の心に近い未空がそう言うのなら間違いないのだろう。



「ご苦労じゃったの」

「あ、いえ…」



まもちゃんの労いの言葉に未空は居心地が悪そうに視線を下げる。
未空のまもちゃんに対するこの感じも変わらないな。謙遜もあるのかもしれないが、根本的に未空は会長以外の神代の人間に対して遠慮している。壁を作ってるとも言えるがそれが未空なりの自己防衛だと思うと深く突っ込むことが出来なかった。その反面、会長や葉桜先生に対しては全然…、



「さっき園長先生から聞いたんだけど…」



あれ?

もしかして…、だからあの人はあんなこと…。



「ねぇ…、……、」



もしそうだとしたらあの人は未空のこと…―――、



「―――……、リカ!」

「っ、な、なに…。どうしたの…?」

「どうしたのじゃないよ。俺の話全然聞いてなかったでしょう?」

「ご、ごめん…。何の話だっけ?」

「園長先生が言ってたんだけどね、最近教会に出入りしてる人達の間で財布や現金が無くなったって報告が頻繁にあったんだって。それでそのことをアイツに当てたら自分がやったってすんなり白状してさ。盗んだ財布は手元に保管してたみたいだけど現金は殆ど使っちゃってすぐに返すことが出来ないからとりあえず園長先生が補填して被害に遭った人達に弁償するんだって。その代わりアイツは教会に無償奉仕と言う名の雑用をすることで話がまとまったよ」



その話を聞いてすんなりと納得した。
あの少年に余罪があることもシスターの判断もある程度予想していたからだ。



「だからまもちゃんはあんなこと言ったんだね」



『ああ、それと今日は来訪者の数も多いから財布や携帯と言った貴重品は肌身離さず持っていなさい』



「ここに着いてすぐシスターから話を聞いての。今日も何かあるんじゃないかと思って警戒していたところにあの騒ぎが起き漸く尻尾を出したってわけじゃよ。儂の大切なこの場所を荒らす不届者をいつまでも野放しにして置くことは出来んからの」

「偶然の産物だね〜」

「偶然と言えば偶然じゃが、心のどこかで期待してたのかもしれんな」

「期待?」

「おっと、口が滑ってしまったの」



なーにが口が滑っただよ。態とらしいな。



「それはそうと帰りの車を呼んでおきなさい。シスターと話をした後屋敷に戻る」

「畏まりました」

「2人はどうする?車が来るまでどこかで時間を潰してるか?」

「どうするリカ?どっか行きたいところある?」

「まだ時間があるなら施設内を案内してよ。おすすめの場所とか穴場とか」

「穴場…、かどうか分からないけど適当に時間潰せるところなら知ってるよ」

「決まり。じゃあ俺達はその辺ぶらぶらしてるから迎えが来たら連絡してね」

「迷子にならんようにの」

「ならないよっ!」


< 107 / 122 >

この作品をシェア

pagetop