歪んだ月が愛しくて3
未空に案内してもらったのは児童養護施設の広い庭から少し外れた閑散とした場所だった。
そこは花壇はあるものの花や植物の類は何もなく、歩行に支障が出ない程度の雑草とチョロチョロと元気なく流れる石垣で造られた小さな噴水しかなかった。荒地とまではいかないが明らかに手入れされていない場所。ただ日当たりは良いようでカラッとした気温と爽やかな風が心地良く肌に触れる。
「ここが穴場?」
「うん。見ての通り何にもないし手入れする人間もいないから人が来ることは殆どないよ」
「正に穴場だね」
「でしょう。こんな何もないところに好き好んで来るのは俺くらいだったよ。でも1人になりたい時や嫌なことがあった時は必ずここに来てたな」
「何かそれだけ聞くと穴場と言うより隠れ家みたいだね」
「隠れ家…。うん、言われてみれば確かにそうかも…」
「じゃあここは未空にとってあんまり良い思い出がない場所なの?」
「そんなこともないよ。みーこと初めて会ったのもこの場所だったからね」
そう言って徐に歩き出す未空は噴水の端に座って「リカもこっち来て座れば?」と自身の隣に座るように促した。
でもすぐに未空の隣には行かなかった。周囲の景観を眺めながらゆっくりと足を動かす。
「案内してって言ったのは俺だけど、そんな大切な場所を俺なんかに教えちゃって良かったの?」
「何俺なんかって?本当リカは自己評価が低いよね。俺はリカだからここに連れて来たんだよ」
そうは言うものの未空はそれ以上の説明をする気がないように見えた。俺だからここに連れて来た理由も、会長と出会った経緯も。
「俺さ、定期的にここに通おうと思うんだ」
「……それはあの子に会うために?」
「うん。さっきは教会への無料奉仕でお咎めなしって言ったけど本当はもっと厳しい意見が出てさ。でも俺が責任持って更生させることを条件に渋々納得してくれたんだ。だからもしアイツが更生出来なくても俺はちゃんとやったんだぞって今のうちからアピールしとこうと思って」
そんなこと言って…。
保身に走るような人間じゃないってことくらいもう分かってるよ。
「今までの生き方を変えるのは簡単なことじゃないけど、あの子は未空の言葉なら信じられるって言ってた。俺は未空以上の適任者はいないと思う。だから気付かせてあげて、これからの自分の人生を大切に出来るように」
「……俺に、出来ると思う?」
「あの子の心を解すことは未空にしか出来ないと思うよ」
未空の目の前に立って不安げな瞳を見下ろす。
自信がないと言うより漠然とした不安が空色の瞳に宿っていた。
そんな未空を安心させてあげたくて両手で大地色の頭に触れて顔を近付ける。
「未空なら出来るよ。だってさっきの未空、凄い格好良かったもん」
「っ、」
「だから自信持って?」
「リ、リカ…っ、それ俺を励まそうと態と煽ってる?それとも無意識?どっちにしても直視出来ないんだけどぉ〜!」
俺が顔を近付けると未空はそれに比例するように顔を赤らめて両手で顔を覆った。かと思えば「でも勿体無いっ!」とか言って指と指の隙間からチラチラと視線を合わせて来る。何がしたいのか分からないスルーしよう。
「それで、シスターと話してみてどうだった?」
ドサッと、未空の頭から手を離して隣に腰を落とす。
「ど、どうだったって…?」
「前者だった?それとも後者?」
「あ、あー……それね。すっかり忘れてたよ」
「忘れてたんかい」
「だってリカ、本当はそんなことどっちでもいいんでしょう?前者であって後者であっても2人が良い人であることには変わらないもんね」
「……うん。正直どっちでも良かった。でも知りたいことはあったんだ」
「知りたいこと?」
「まもちゃんがこの場所をどう思ってるのか、どう思ってここを支援しているのか。同情か、それとも純粋な好意か、それは少し気になったから…」
「……何で?」
俺の本心を探る空色の瞳が下から俺の顔を覗き込む。
「未空がまもちゃん達を呼ぶ時に後ろめたさを感じるのは自分が養子だからって理由以外にも何かあるように思えたから…。ごめんね、一生言わなくてもいいなんて格好付けたくせにやっぱり気になっちゃった」
「………」
「俺と未空の境遇って似てるようで全然似てないと思うんだ。俺の場合は初めから本当の家族だと思って過ごして来て途中で実は養子だったってことを知って、未空の場合は突然知らない人達と家族になることになって…。だから本当の家族じゃないから後ろめたかったり自己防衛に走る気持ちは想像付くけど本当の意味で未空の気持ちを理解することは出来ないんだと思う。寧ろ理解しちゃいけないと思うし。でももう一つの理由なら俺も経験あるからよく分かるよ」
「もう一つの理由って…」
「未空は好きになれないんじゃないの、自分のことが。だからこんな自分は受け入れてもらえないと思ってまもちゃん達と距離を置いてるのかなって思ったんだ」
「、」
未空の表情が途端に強張る。
噴水の縁に置いた両手がパーからグーに変わる。
「……俺も自分のことが嫌いだから、その気持ちは分かる」
「………」
「自分を好きになるってどう言うことなんだろう。自分の良いところってどうやって見つけるんだろう…。嫌いなところしか分からないよ。だって分からないから好きになれないのに、それでも無理矢理探すのってこじ付けみたいで虚しくて…。でもそうじゃないんだと思う。そう言うことじゃなくて、誰かに“好き”って言ってもらえて初めて自分を好きになれると思うんだ」
俺の言葉を真剣な顔で聞いている未空の拳にそっと自分の手を重ねる。
「誰かに受け入れてもらえて初めて自分を許せそうな…、こんな自分だけど好きになりたいって思えるんだ」
「………うん」
未空はゆっくりと俺から視線を外して雲一つない空を見上げて目を細める。
その瞳の奥底に何を思い浮かべているのか俺には想像も付かないが、時折胸を押さえてギュッと固く目を閉じた。
「嬉しかった…」
そう言葉を漏らした未空の瞳から一筋の雫が伝い落ちる。
「俺は未空の笑顔が好き。暗い気持ちを一瞬で吹っ飛ばしてくれるようなお日様みたいな笑顔にいつも救われてる。空気が読めないように見えて本当は誰よりも他人の感情に敏感で友達想いなところも好き」
未空が俺の手を引くと俺の身体は未空の2本の腕に閉じ込められた。
態となのか未空は俺の肩口に顔を寄せて息を飲む。この体勢では未空の表情が伺えない。それでも言葉を続けたのは…。
「未空の優しいところも好き。転入初日にトイレでGDに絡まれてた時も、裏庭で迷子になった時も、空気を読んで俺とカナを2人っきりにしてくれた時も、体育祭の日に月達が襲撃して来た時もいつも俺のことを助けに来てくれた」
「うん、うん…っ」
「何よりこんな俺を見つけて懲りずに生徒会に誘い続けてくれて、俺を親友だと言ってくれたこと…、本当にありがとう。そんな未空が俺は大好きだよ」
「お、俺もぉ、リカのことが大好きだよぉ…っ」
俺を抱き締める力が強まるに連れて未空の声量も大きくなる。鼻声のため声が少し震えていた。
未空に「大好き」と言われたのはこれで二度目だった。その言葉にあの時と同様の愛しさと切なさが込み上げる。
「まもちゃんも一緒じゃないかな。俺にはこの場所を“大切”って言ったまもちゃんがここで育った未空に対して言っているように聞こえたよ」
「……うん」
「未空はこれからどうしたい?このままでいいと思う?」
未空の身体を少し離してそっと顔を覗き込むと未空はブンブンと首を横に振って応えた。でもその顔にはまだ憂いがある。
そんな未空の両肩に手を置いて優しく声を掛ける。
「どうするかを決めるのは未空だよ。未空が未空のしたいようにすればいい。まもちゃんもひーくんもレンちゃんも、そして会長もきっとそれを望んでると思うよ」
「うん…」
頭では理解出来るのにどうしたらいいのか分からないって顔で視線を下げる、未空。
誰にだって不安や恐れはあるものだ。でもそれを乗り越えてこそ初めて見える景色もある。
「ねぇ、未空。もし未空が迷ってるなら…―――」
未空には見て欲しいんだ、本当のまもちゃん達を。