歪んだ月が愛しくて3



穴場もとい隠れ家で時間を潰していた俺と未空の元にまもちゃんから連絡が入り、俺達はまもちゃんの車に乗って帰路に着いた。
車内には俺と未空とまもちゃん、そして運転手の4人だけ。先程までまもちゃんに付いていた葉桜先生は別件の仕事が入ったとかで別行動することになった。



「まもちゃん、今日は誘ってくれてありがとう」

「礼を言われることはしとらんよ。寧ろ礼を言わなければいけないのは儂の方じゃ」

「え?」

「悪意ある偏見の言葉からここで働く職員や子供達を守ってくれたじゃろう。リリーの言葉にどれほど勇気付けられたことか、あの場にいた者達の顔付きを見れば一目瞭然じゃよ。……それと未空」

「は、はいっ」

「よくあの子供を連れて来てくれた。お主のお陰で未来ある子供の心を守ることが出来た。感謝するぞ」

「いや、でも…、まだアイツが本当に改心するかも分からないので…」

「その機会をお主が作ってくれた。人生のターニングポイントはそんじょそこらにあるわけじゃない。あの時、あの瞬間、あの子供はお主の言葉を信じることで自らそのチャンスを掴んだ。あの子供ならきっと本来の自分を取り戻すことが出来るじゃろう」

「……そう、でしょうか。俺には大旦那様のように“出来る”とは断言出来ません」



ポツリと、未空は心の内を静かに吐き出す。
目線は自身の足元へ落ち、空色の瞳は前髪が邪魔をしてよく見えない。



「難しく考えることはない。儂だって人間だ。全知全能の神でもない限り先のことは分からんよ。それに出来る出来ないの判断は結果ではなく希望じゃからな」

「希望?」

「あの子供なら本来の自分を取り戻すことが出来る…、とは言ったがそんなものただの願望に過ぎんよ。今回尽力してくれたお主の気持ちを無駄にしたくなかった。結局のところいくら周りがお膳立てしても本人に変わる意志がなければどうすることも出来んからな。だからお主が必要以上に気張る必要はない。……ただその勇気を、希望を、人は自分以外の何かに支えられることで得ることが出来る。今回のことで言えばあの子供にとってお主の存在は理解者であると共に見習うべき指針なんじゃろうな」

「指針…」

「お主にも心当たりがあるんじゃないのか?」



不意に隣に座る未空の視線を感じた。
その視線に頭上にクエッションマークを浮かべながら首を傾げると未空は口元を緩ませて穏やかな表情を見せた。



「……はい。俺も勇気をもらいました」



そう言うと未空は意を決したように顔を上げて目の前のまもちゃんを見据えた。



「俺、ここに通ってアイツの面倒を見ようと思います。アイツが掴んだって言うチャンスを無駄にさせないように…、俺が大切な人達から勇気をもらったように今度は俺がアイツの可能性を信じてやりたい。アイツなら変わることが“出来る”って胸を張って言ってやりたいんです」



力強い真っ直ぐな言葉。虚勢でもその場凌ぎのものでもなく確かな芯を持っている言葉。
目は口ほどに物を言うとは言うけど、まもちゃんの姿を捉える空色の瞳は正にそれを提言していた。
もう迷いや不安の色はどこにもない。これが本来の未空の姿なのだろうか。



「お主の気が済むまでとことんやりなさい」

「ありがとうございます。それと…」

「ん?」

「今更ですけど俺を引き取ってくれたこと、まだちゃんとお礼言えてなくて…。ありがとうございました」

「お主を見つけて来たのは尊じゃ。儂は何もしておらんよ」

「確かに直接的には尊かもしれないけど、尊の言葉だけじゃ俺はここにはいられなかったと思うんです。誰かが尊の言葉を信じて俺を神代に迎え入れることを許してくれた。だから俺は今ここにいる。それなのに俺は今まで碌にお礼を言うこともせず拾ってくれた神代家の人達の気持ちも考えずにいつまでも自分を捨てた母親の姓にみっともなく縋ってて…。こんな俺を見捨てないで家族として受け入れてくれたこと、俺に家族の大切さを教えてくれたこと、本当にありがとうございます」



未空の言葉にまもちゃんは驚きを隠せずにいた。
眉間の皺をこれでもかってくらい伸ばして少しだけ口を開いたまま未空から視線を逸らさない。無理もない。これまで“神代”の名と家族と言う温もりから目を逸らして逃げていた未空がこんなにも真っ直ぐな瞳をしているのだから。



(やっぱり俺は必要なかったな…)



「このご恩は一生忘れません。今すぐには無理だけどもっと勉強してきっと神代家の役に立ってみせます。だから俺に神代の仕事を教えて下さい。俺に“神代”を名乗らせて下さい」

「……“仙堂”の姓を捨てると言うのか?」

「捨てます。俺の家族は“神代”だけです」



空色の瞳を見つめてその言葉の真意を確かめた後、まもちゃんはフッと口角を上げた。



「その言葉、忘れるなよ。お主の家族は儂等じゃ。お主の家も居場所も帰る場所も神代にある。お主がどこにいようと、例え遠く離れたとしてもそのことだけは肝に銘じておきなさい」

「はい」

「仕事についてはいきなり実践とはいかぬが家庭教師の授業と並行して儂が直々に手解きしてやろう」

「あ、ありがとうございます!」

「但し、お主が思うよりずっと厳しい世界だと言うことだけは覚えておきなさい。お主が“神代”になったからと言って家業を強制するつもりも尊の真似をする必要もない。お主の人生はお主が決めればいい」

「厳しい世界だと言うことは重々承知しています。一度も足を踏み込んだことがない俺には想像することしか出来ないけど…。でも神代として生きるからには神代の中で自分が出来ることを見つけたいんです。尊の真似をしてるわけじゃないけど、こんな俺に光を見せてくれた人達みたいに俺も誰かの笑顔を守れる仕事がしたいんです」

「そうか…」



未空の決意を聞いてまもちゃんはゆっくりと目を閉じて何やら満足げに頬の筋肉を緩めた。
まもちゃんの心配も杞憂に終わり、未空も少しは自分を好きになることが出来ただろうか。
今日の今日で凝り固まったものが一気に解れたとは思わないが、これを機に未空やまもちゃん達が本当の家族になってくれたら嬉しい限りだ。



「そ、それと…、もう一つお願いが…」

「何じゃ?遠慮せずに言うてみ?」

「お、お…、お祖父様って呼んでもいいですかっ!?」



その単語に呆然とする、まもちゃん。

あー、ここでぶっ込むのか…。言えって言ったのは俺だけどさ。



『ねぇ、未空。もし未空が迷ってるならまずは名前で呼んであげるといいよ』

『え、名前?大旦那様を?』

『それがハードル高かったらおじいちゃんとかはどう?きっと喜ぶよ』

『そ、そうかな…』



「そ、その…、前に家族なんだから大旦那様はやめろって言ってたので、だからその…お祖父様ってのはどうでしょうか…?」



顔を赤くさせたり青くさせたりと不安げな未空にまもちゃんはガハハッと豪快に笑った。



「確かにジジイとまもちゃんはもう呼ばれとるからの。お祖父様も悪くない」



その言葉に未空は安心してパッと顔を綻ばせた。
張り詰めていた緊張の糸が緩んだ未空は「良かった〜」と言って俺の肩に頭を預けた。
その後、屋敷に戻った俺達を出迎えてくれたひーくんとレンちゃんに「只今戻りました、お父様、お母様」と言った未空に2人は心底嬉しそうに未空の身体を力一杯抱き締めた。


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