歪んだ月が愛しくて3
その日から尊は頻繁に施設にやって来るようになった。
それも部外者のはずなのに堂々と出入りしては俺のお気に入りの場所に我が物顔で居座っていた。
「お前やけに小さいな。歳いくつだ?」
「8さい」
「それで俺の2つ下かよ。じゃあ小2?」
「わかんない。がっこう、いってないから」
「何で行かねぇの?」
「……いきたくない、から」
「じゃあその間はずっとここにいるのか?」
「うん…。ここ、ぼくしかこないから…」
「何、お前ハブられてんの?」
「はぶ…?なにそれ?」
「イジメられてんのかって聞いてんの、ここの連中に。だからこんな何もないところに1人でいんの?」
「いやなことはいわれるけど…」
「イジメではないって?ハッ、まるで洗脳だな」
初対面の時から感じていたけど、尊は俺の知ってる人間とは少し違う部類の人間だった。
初対面の時も今も同じ子供とは思えないくらい大人びていて偉そうで、普通の人だったら躊躇する質問も遠慮なくぶち込んで来た。それが良くも悪くも尊と言う人間に興味を持つきっかけとなった。
俺を可哀想な奴扱いする大人とも、悪意ある悪口を平気で口にする子供とも違う何かを尊に感じた。いや、この時の俺は「尊」と言う未知の存在に期待していたのかもしれない。初めてまともに言葉を交わした人。初めて俺を対等に扱ってくれた人。初めて俺の名前を聞いてくれた人。初めて俺と言う存在を必要としてくれた人。それが単なる暇潰しの相手だとしても初めてづくしの俺にとっては尊と話すこの時間が何よりも楽しくて大切で、いつしか尊の存在が俺の中で大きくなっていった。
「まるで空の色だな」
「え?」
「その目。お前ってハーフなの?」
「……わ、からない。でもがいじんのちがはいってるっていってた」
「じゃあ俺と同じだな」
「おなじ…?」
「俺も母さんがフランス人だからこんな髪の色してんだよ。顔は父さん似だからハーフって言うよりクウォーターって感じだけど」
「そのかみ、すごくきれい…。まるでたいようみたい」
「太陽?」
「うん。すごいきらきらしてるから」
「……それを言うならお前の目だって綺麗だろう」
「へ?」
綺麗?この目が?
だってこの目は…、
『そんな忌々しい目であたしを見るんじゃないわよ!』
母親はいつだって俺の目を酷く嫌っていた。多分父親と同じ目だからって理由だと思う。
空の色?そんなこと初めて言われたよ。だって俺にとってこの水色は母親の幸せを奪った懺悔の色だったから。
それなのに尊は…、
「お前しか持ってない唯一無二のものって感じで何かスゲーじゃん」
「っ、」
ずっと嫌われたままだと思っていた。
それを尊だけが綺麗だと言ってくれた。この目とこの色から目を逸らさずに真っ直ぐに俺を見てくれた。
沸々と湧き上がるこの感情の名前が分からない。生まれて初めての感覚にどう言葉にしていいのか分からなくて思わず顔を伏せた。
Prrr…
「チッ、呼び出しだ。話の途中で悪いけど今日はもう帰るな。また近い内に顔出す…「みこと」
でも全然嫌じゃなかった。
寧ろその逆で…。
「また、あそびにきてくれる…?」
「おう」
気付けば俺は尊に会いたいがためにお気に入りの場所に行くようになっていた。