歪んだ月が愛しくて3



立夏Side





「―――まあ、そんな経緯で尊に拾ってもらって今に至るってわけ」



「びっくりした〜?」と態と戯けて見せながら俺の顔を覗き込んだ、未空。
そんな未空が「よいっしょ」と言って噴水の縁に腰を落とすものだから俺も釣られてその隣に座った。



「何で話してくれたの?」

「何でだろう…。リカのお陰で改めてこの家の人達が大切だって思えたからかな」

「どう言うこと?」

「実はね、俺ずっと神代の人達に除け者にされてると思ってたんだ」

「……それは未空の部屋が別邸にあるから?」

「ははっ、違うよ。それは単なる俺の我儘。自分から別邸が良いって言ったの。あの頃、尊と家族になれるのは本当に嬉しかったよ。俺を迎えに来てくれたことも、家族が出来たことも、名前を付けてくれたことも、全部初めてのことだったから凄く嬉しくて涙が止まらなかったくらい。今思えば同情だったのかもしれないけど、でもそれでも良かったんだ。それくらい嬉しかったから。でもそれは尊の人柄に惹かれた俺がこの先もずっと一緒にいたいって思えたからであって尊以外の神代の人達はまた別って言うか…。きっと子供だったから深く考えてなかったんだと思う。尊と家族になるってことがどう言うことか…。だから尊以外の人とは距離を置きたかったんだ。それで別邸が良いなんて言ったの」

「じゃあ何で除け者されてるって思ったの?」

「それは…」



難しい顔をして言い渋る未空の膝にそっと手を置く。



「言い辛かったら無理して言わなくてもいいからね」

「あ、いや、そうじゃなくて…」

「じゃあ何でそんな渋い顔してんの?無理してるんじゃないの?」

「あー、んー…それは自分の無知さを披露するみたいで恥ずかしくて…」

「恥ずかしい?」

「あの女…、葉桜のことなんだけど、リカはあの女が神代近衛隊の幹部ってことは知ってるよね?」

「うん。未空を追ってこの屋敷に来たその日にまもちゃんから聞いたよ」

「だよね…。実は俺さ、アイツが近衛隊の人間ってこと知らなかったんだ。そもそも近衛隊の存在すら最近になってやって知ったくらいだし」

「最近って?」

「ほら、皆で東都に遊びに行った日。あの日、俺少し遅れて皆と合流したでしょう。あの時尊から聞いて初めて知ったんだ。葉桜が神代近衛隊の幹部で今は尊専属の護衛として聖学に潜入していることと、昔は俺専属の護衛で家庭教師として傍に置いていたってことを」

「それって…、未空は葉桜先生の正体を知らずに一緒にいたってこと?何で?」

「あえて隠してたんだって。俺は生まれたその時から神代の後継者として育てられて来た尊とは違うから“神代”の名の重責を背負わせるのは時期尚早だと思ったみたい。実際まともな教育を受けて来なかったからまずは一般知識を身に付けるのに専念させようと思ったんだって。だから近衛隊の存在をあえて隠してた、俺のために…」

「じゃあ当時の未空にとって葉桜先生ってどう言う存在だったの?」

「住み込みの家庭教師。で、その立場を利用して尊に近付いた悪女ってところかな。あの女、昔から俺の目を盗んでちょくちょく尊に会いに行ってたし、俺が尊と遊ぼうとするといっつも“神代としての自覚を持て”だの“尊坊ちゃんはお忙しい方だからペットに構ってる余裕はない”だのいつも俺の邪魔ばっかりして来てさ。本当いつも嫌味ばっかだったんだよあの女。性格悪過ぎ。あんな女が尊の恋人なんて信じられなかったし信じたくなかったけど当時尊は否定しなかったから…。だからあの女が聖学にやって来た時もまた尊の恋人の座に収まろうとしてんじゃないかって思ったんだ。まあ、2人で頻繁に会ってたのは単なる業務報告だったらしいから恋人ってのは俺の勘違いだったみたいだけど」



葉桜先生が聖学にやって来た時、確かに未空はそればかり気にしていた。
会長と葉桜先生が復縁することになったら生徒会室への出入りが自由になって頻繁に顔を合わせることになるから嫌がってるのかと思っていたが、過去のトラウマと会長の義弟と言う立場のせいでより一層関わる機会が増えることを懸念していたのかもしれない。若しくは…―――。



「リカ、遅くなっちゃったけど、あの女が初めて聖学に来た時ずっと俺の傍にいてくれてありがとう。今も最後まで俺の話を聞いてくれてありがとう。俺、リカと出会えて本当に良かった!」

「未空…」



今は夜だと言うのにお日様ような満面の笑みが闇の中に咲き誇る。
お礼を言われるようなことは何もしていないのに未空はいつも「ありがとう」を惜しみなく伝えてくれる。それはとても素敵なことで誰にでも出来ることじゃない。未空本来の素質か、それとも誰かさんの影響か。どちらにしろ未空の大切な人が会長だと言うことは分かった。同時にきっと会長にとっても…。



「俺の方こそ話してくれてありがとう」



俺を見つめる空色の瞳にもう迷いはない。
過去を乗り越え前を向いて歩くことを決めた未空ならもう大丈夫…、とは言え過去の柵を全て断ち切ることはほぼ不可能に近い。ふとした時に思い出しては弱った心を侵食する。でも未空はもう1人じゃない。自分の家族を、大切な人を、ちゃんと理解してる今の未空ならきっとこれから何があっても大丈夫だと信じたい。広大な空の色をその瞳に宿す未空にはきっと無限の可能性があるはずだから。



(未空…)



うん、良い名前だ。



「あ、そうだ。良かったらこれ食べない?」

「シフォンケーキだ!俺これ好き〜!どうしたのこれ?」

「園長室の前で未空のことを待ってた時、葉桜先生がこれをくれたんだ。二つも食べきれないから良かったらなんだけど…」

「アイツがこれを?」

「うん。多分二つのうち一つは未空に渡せってことだと思って」

「俺に?どうして?」

「んー…何となく。俺の勘だけど」

「……ありがとう。でも今のお礼はアイツにじゃなくてリカにだからね!そこは勘違いしないでね!」

「はいはい」



やっぱり未空の好きなものだったのか。通りで二つも寄越したわけだ。
未空といい葉桜先生といい、本当素直じゃないな。


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