歪んだ月が愛しくて3
別邸の前で未空と別れた後、「俺もリカの部屋まで送る!そして送り狼になる!」と意味分からないことを宣言する未空を専属のメイドさんに任せて俺は本邸に戻るために1人中庭を歩いていた。
夜でもライトアップされている中庭は夜ならではの美しさを纏い、月明かりが水面に反射して幻想的な空間となっていた。夜なのに夜じゃないみたいで何だかやけに目が冴えて来た。
『俺、ここに通ってアイツの面倒を見ようと思います。アイツが掴んだって言うチャンスを無駄にさせないように…、俺が大切な人達から勇気をもらったように今度は俺がアイツの可能性を信じてやりたい。アイツなら変わることが“出来る”って胸を張って言ってやりたいんです』
「大切な人、か…」
未空の話を聞いて前に未空が話してくれた好きな人が会長だと言うことは分かった。そして会長の好きな人が未空だと言うことも。
その事実に柄にもなく落ち込んだ。自分の気持ちを会長に伝えるつもりはなかったから会長が誰を好きかなんて考えたこともなかった。それに葉桜先生とはそう言う関係じゃないって言ってたからそれ以上のことは考えないようにしていた。考え出したらキリがない。それ以前に自分の気持ちを伝えるつもりがない俺にとっては無意味以外の何者でもなかった。そのくせショックを受けるとか…、
「本当、反吐が出る…」
そんな資格はないのに。
自分本位で他人の気持ちに寄り添えない俺なんかには同じ土俵に立つことすら許されない。
未空と会長が想い合うのは必然なのかもしれない。だって2人は優しい人だから。何だかんだ言いつつも他人本位でしっかりと人の心に寄り添ってくれる、そんな2人だからこそ自然と惹かれ合ったのだろうか。
「考え事かしら?」
その声は微かな足音と共に背後から聞こえて来た。
その人物の存在には大分前から気付いていたので大して驚くこともなくゆっくりと振り返った。
「傷心中…、かも?」
「何よかもって(笑)」
そこにいたのはパンツスーツ姿の葉桜先生だった。
その格好でいるってことはまだ仕事中なのか。会長やひーくんもそうだけどこの人はいつ休んでいるんだろう。いくら近衛隊の幹部だからって四六時中ベタ張りしてたら身体がいくつあっても足りないだろうに。
「悩みでもあるの?あたしで良かったら話くらい聞くわよ」
「人に話しても解決しない悩みなので結構です」
「嘘…、本当に悩んでるの?じゃあ傷心中ってのも本当なの?」
「だとしても自分で解決しなきゃいけないことですから自分で何とかしますよ」
そもそもこれは解決しなきゃいけないことなのだろうか。
未空の好きな人が会長で、会長の好きな人も未空で。2人が想い合ってる事実をただ受け入れればいいだけ、それだけだ。勝手に好きになって勝手に失恋した気になって、本当俺って痛い奴だな。
「立夏くん、悪いことは言わないからその悩んでることを全て吐き出して楽になった方がいいわよ」
「何でですか?」
葉桜先生には関係ないことなのに。
「その状態で御大様の…、いえ神代家の方々の前に立ってみなさい。貴方の顔から笑顔を奪った元凶をどんな手を使ってでも突き止め、その代償として死にたくても死ねない地獄って奴をお見舞いするはずよ」
「ははっ、そんなオーバーな」
「笑い事じゃないわよ!あの方々の寵愛を一身に受けといてよく平然としてられるわね!こっちは死活問題なのよ!」
「いくらまもちゃん達でもそんなことしませんよ」
「何にも分かってないんだから…」
落胆した声が溜息を同時に吐き出され片手で頭を押さえる。
「そんなことより葉桜先生の用件はなんですか?どうせ未空のことですよね?」
核心をつくと葉桜先生は顔を強張らせて一瞬言葉を飲み込んだ。
「……どうしてあたしがあの子のことを?」
「だって今日一日ずっと気にしてたじゃないですか。苦手なお化け屋敷に態々ついて来たのも俺達をバザーに誘うつもりだったまもちゃんの考えを始めから知っていたから。それに先生からもらったシフォンケーキ。あれも自分からだと渡しづらいから俺を経由したんですよね。そして今も先生は絶妙なタイミングで俺の前に現れた。俺達の話を盗み聞きしてたんですよね?だから俺がどう言う反応を見せるのか気になった。違いますか?」
俺の問いに葉桜先生は観念したように深い溜息を吐き出した。
「……どう思った?あの子の話を聞いて」
カマを掛けたつもりがどうやら図星だったようだ。
まあ、ほぼ確信してたけど。
「正直に言うと、未空が未空で良かったって思いました」
足を動かしながらそう答えると葉桜先生は不満げな顔をして「は?」と答えた。
どうやら俺の返答に不満があるようだ。だから正直って前置きしたのに。
「あの子の出生や境遇を不憫に思ったりはしなかったの?」
「不憫?」
「可哀想とか、あの子を生んだ母親が許せないとか…」
「そりゃ許せないとは思いますけど」
「さっき話だってあの子の母親が結婚前に外国人に襲われたとか何とか言ってたけど、それって本当はどうなのかしらね」
「どうって…」
「だってあの子の話は全部母親から聞いた話でしょう?親子2人で生きて行くためには汚いことに手を染めなきゃいけないこともあるかもしれないけど、それはまともな母親の考え。自分の子供に手を上げる母親がまともなわけないわ。それをバカ正直に信じるなんておめでたい子よね」
「だから不憫?確かに先生の言ってることも分かりますけど、でも未空がそう言う経験をして施設に預けられてなかったら未空は会長や神代家の人達と出会うことは出来なかったんじゃないですか?元凶である母親がもう少しまともな人間だったら、自分の行いを悔やんでもう一度未空に向き合うことが出来ていたら…、タラレバの話をしたらキリがないけど、でもそれは俺の知ってる未空じゃない。今の未空があるのは未空がこれまで出会った人達のお陰だと思います。だから過去を乗り越えて強くなることが出来た。これから先の未来に希望を抱けるようになったんだと思います」
「希望…」
「だから俺は未空の過去を“不憫”の一言では片付けられません。だって今の未空があるのは未空自身が頑張った証だから」
「………」
未空が頑張った証を否定することなんて誰にも出来ない。いや、させるものか。
『あははっ、やっぱり。でも仕方ないんだ。そう言われても仕方ないことを俺達はやって来たんだから』
もうあんな悲しい笑顔は見たくない。
「立夏くんはとても素敵なことを言うのね…」
「……俺、何か変なこと言いました?」
「いいえ。言ったでしょう、素敵なことだって。やっぱり御大様の目に狂いはなかったみたいね」
「未空は自分の力で過去を乗り越えたんです。俺は何もしてませんよ」
「自分の存在価値をまるで分かってないのね、立夏くんは。あんなにも神代家の方々から寵愛されてるって言うのに。あの方々が何の価値もない人間に執着するはずないでしょう。まあ、立夏くんのそう言うところも含めて愛されてるのかもしれないけど」
俺の隣の歩く葉桜先生は平然とした様子でそう言った。まるで自分自身にそう言い聞かせているように。
「先生は無条件に愛される人間が嫌いなんですか?それとも利用価値のない人間に愛される資格はないと思ってんの?」
ピタッと、不意に葉桜先生の足が止まった。
だから俺も足を止めて振り返り呆然とした様子の葉桜先生を見据えた。
「なん、で…」
「何でって言われてもそう思ったからとしか言えませんけど」
葉桜先生の言葉の端々にはそう思わせるところがいくつもあった。今日に限ったことじゃない。初対面で牽制された時も、この屋敷に来た時も、葉桜先生は俺と言う人間の本質を見定めようとしていた。これまでは何の目的でそんなことをしてるのか分からなかったからスルーしてたけど、今日一日葉桜先生と未空と過ごしてみて一つの仮説に辿り着いた。確証はない。だから否定されたらそれまでだ。
「先生は未空のことが嫌いで…、でもそれ以上に未空のことを愛してるんですね」
でも確信はある。