歪んだ月が愛しくて3
小牧Side
立夏くんと別れた後、あたしは引き続き中庭の警戒にあたっていた。
正直立夏くんにズタズタにされたメンタルでは仕事なんて身に入らなかったけど、交代制の勤務のため緊急事態でもない限り持ち場を離れることは出来なかった。
こんな身の入らない仕事はいつぶりだろう。この無駄とも思える時間が良くも悪くも“藤岡立夏”と言う人間についてあたしに考える時間を与えてくれた。
立夏くんと初めて会った時はその類稀なる容姿に目が入った。神代家に仕える者として目は肥えていると思っていたけど、尊や未空坊ちゃんとはまた違った部類の美少年で内心驚かされた。尊が熱を上げるのも無理はない器。この顔なら神代の人間と肩を並べても見劣りしないだろう。それが立夏くんに対する第一印象だった。
勿論性格や本質も重要だけど尊が惹かれた人間が性格クソなクズ野郎だとは思えなかったから大して重要視していなかった。とりあえず見た目と出生さえまともなら及第点だと思っていた。でも立夏くんの出生や過去についていくら調べても当たり障りないことしか出て来なかった。それこそ学園で保管している個人名簿に毛が生えた程度のものだけ。強いて挙げるなら過去に立夏くんが「白夜叉」として族潰しのようなことをしていたことくらい。
あたしが旦那様と奥様の命で尊専属の護衛になったのは、尊が熱を上げている立夏くんが神代にとって相応しい人間かどうかを判断させるために与えられた機会でもあった。つまり旦那様達はあたしが立夏くんについて調べることを許容している。尊や未空坊ちゃんに知られたら煩いこと言われそうだから表向きは尊の護衛と言うことになってるけど。何せ尊の護衛はあたしだけじゃない。だから調べる時間はいくらでもある。それなのに立夏くんについて有力な情報が得られないのは誰かが意図的に立夏くんの情報を隠しているからだ。当然その人物については検討が付いてる。その人物の顔が頭に浮かんだ時、ふと思った。
(もしかして、試されてる…?)
それと同時に「データではなく目の前の立夏くんと向き合って判断しろ」と言われているように思えた。だから立夏くんが神代家に滞在している今があたしにとって絶好の機会だった。
『正直に言うと、未空が未空で良かったって思いました』
『だから俺は未空の過去を“不憫”の一言では片付けられません。だって今の未空があるのは未空自身が頑張った証だから』
素敵な人だと思った。本当に心からそう思った。
他人の考えた方なんて十人十色だけど、きちんと未空と向き合ってくれた立夏くんだからこそあの子を憐れむんじゃなくあの子の努力や勇気をちゃんと見て評価してくれた。
他人に同情することは決して悪いことじゃないと思う。でも立夏くんはその広い視野と心であの子の心を蝕んでいた長年の呪縛を打ち砕いて未来を与えてくれた。いや、気付かせてくれた。誰にだって出来ることじゃない。だってあの子は他人の薄っぺらい言葉に敏感で自己防衛に長けている臆病者。そんなあの子をここまで変えてしまうなんて…、これまであの子達と立夏くんが育んで来た絆はあたしが想像していた以上に頑丈のようだ。
御大様達が溺愛するわけね。尊が惹かれたくらいだから性格クソなクズ野郎ではないと思ってたけど、ここまで人間が出来てる子だと思わなかった。どっちが大人か分かったものじゃない。
『先生は無条件に愛される人間が嫌いなんですか?それとも利用価値のない人間に愛される資格はないと思ってんの?』
同時に目敏い子だとも思った。
隠して置きたいを本心を遠慮なく暴いてしまう恐ろしい子。まあ、立夏くんに指摘されるまで自覚してなかったあたしもあたしだけど。
でも自覚した瞬間に気付いてしまった。あたしは調査対象であるはずの立夏くんに嫉妬してたんだって。
「……ん?」
不意に遠くの方で何かが動いた。
ライトアップされているとは言え夜間のためいつもより視界が狭く感じる。目を凝らして注視すると。
「立夏くん…?」
後ろ姿だけで距離も遠かったが、あれは間違いなく立夏くんだ。
相当急いでたみたいで立夏くんはあたしの存在に気付くことなく一直線に走ってはあたしの視界から消えてしまった。足速い……じゃなくて、あの方向にあるのは厨房と従業員専用の裏口だけ。……まさか。
「小牧!」
その大きな声に思わず肩を揺らした。
聞き慣れた声ではあったが立夏くんのことに意識が集中していたため背後から聞こえて来た声に内心驚きながら振り返った。そこには仕事から帰って来たばかりの尊が血相を変えて本邸からこちらに向かって走って来た。
「ど、したのよ…、そんなに急いで…」
どこから走って来たのか、尊は肩で息をしながらあたしの両肩を掴んで険しい顔を見せた。
「ここで立夏を見なかったか!?3階のバルコニーから飛び降りたから間違いなくここを通ったはずなんだ!」
3階のバルコニーから飛び降りた?立夏くんが?
様々な疑問が脳裏に過ぎる。すると見計らったかのようなタイミングで仕事用のスマートフォンが鳴った。すぐにメッセージを確認するとそこには…。
「どうなんだ小牧!?」
「……飛び降りたところは見てないけど、立夏くんが裏口の方へ走って行くのは見たわ」
「アイツ、裏から出るつもりかっ」
そう言って再び走り出そうとする尊の腕を掴んで制止した。
「どこに行くつもり?」
「決まってんだろう!立夏を連れ戻すんだよ!お前は屋敷内にいる近衛隊員に伝えて今すぐ立夏を…っ」
「それは出来ないわ」
「っ、何だと?」
「貴方がどう言う理由で立夏くんを追ってるのかは知らないけど、たった今全近衛隊員宛に総隊長から一斉メールで指示があったの。明日の朝7時まではどんな理由があっても何人たりとも立夏くんに声を掛けたりその行動を制限してはならないってね」
「、」
総隊長の指示。つまりそれは御大様からの絶対的命令。
いくら尊に命令されてもここでは御大様の命令が優先される。尊には悪いけど今回だけはその命令に従うことは出来ない。
「だったら俺1人でもアイツを止める」
「待って。今行ったところで立夏くんに追い付けると思ってんの?きっと事前に足を用意してたはずよ。それに立夏くんの行動と総隊長の指示から考慮するに御大様が立夏くんの外出を許可したと見て間違いないわ。だとしたら立夏くんに気付かれないように何人か護衛を付けてるはずよ。貴方がそんな心配しなくても…」
「だとしても俺が嫌なんだよ!」
まるでお菓子を買って買ってと駄々を捏ねる子供のようにムキになって声を荒げる、尊。
こんな尊を見たのはいつぶりかしら。幼い時は感情的に声を荒げることもあったけど、成長するにつれて「神代財閥次期後継者」の自覚が芽生えたのか感情的に声を荒げたり自分主体な言葉を使わなくなっていった。子供から大人になるのってこう言うことなんだろうなって少し寂しく思ってた時期が懐かしい。でも図体と態度ばっかデカくても内心はまだまだ子供みたいで安心した。
「なーにが嫌よ。子供みたいに駄々捏ねないの。そんなに大切だったらちゃんと捕まえて置きなさいよね。全く詰めが甘いんだから」
あたしが口角を上げて態とらしく挑発すると尊は苛立った表情を見せてあたしを睨み付けた。でも本当のことなんだから言い返せないんでしょうね。
「今更立夏くんを追い掛けたって無駄よ。きっともう屋敷を出てるだろうし、御大様のことだから貴方が立夏くんを追い掛けることまで想定してるに決まってる。だって立夏くんにとっての一番の足枷は貴方と未空坊ちゃんの存在なんだから」
「だから真っ先に近衛隊の動きを封じたってことか…。あのクソ狸の考えそうなことだ」
そう言って溜息を吐いた尊は荒ぶる心を落ち着かせるように夜空に浮かぶ月を見上げてゆっくり瞬きをした。
「大体何で立夏くんを連れ戻そうとしてるのよ?確かにこんな時間に外出するのは驚いたけど、御大様が許可したんだから危ないことしようとしてるわけじゃないんでしょう?それとも立夏くんの外出先に心当たりでもあるの?」
「見当は付いてる」
「まさか自分以外の男に会いに行こうとしてたからじゃないわよね?(笑)」
「……悪かったな、束縛野郎で」
「嘘!?マジ!?尊ってソクバッキーだったんだ〜。知らなかった〜。いくら顔が良くて束縛野郎はモテないわよ」
「大きなお世話だ」
鬱陶しそうに髪を掻き上げる尊はまるでスクリーンから飛び出して来た外国人俳優並みに文句なしに格好良い。きっと100人中100人がそう答えるだろう。そんな尊に一途に想われてることに立夏くんは気付いてないでしょうね。
『―――だから別に怖くて動けなかったとか誰かが助けてくれるのを待ってたとかそう言うのじゃないので安心して下さい』
間違いなく。
立夏くんは鈍いから。と言うより…―――。
「さっきの続きだが、お前は誰が立夏の護衛に当たってるか把握してるのか?」
「最低でも梅花さんは付いてるはずよ。あの人は今立夏くんの担当だから」
「ナンバー組か…」
梅花さんの名前を挙げたことで少しは安心してくれただろうか。
まあでも御大様が立夏くん付きのメイドに指名した理由も同じだろうけど。
あの御大様がみすみす立夏くんの外出を許可するはずがない。きっと何かしらの保険を掛けてるはず。だからこんな時間でも立夏くんの外出を許可したんでしょうね。
御大様は立夏くんに対して過保護なところがある。それも自分の孫達以上に。でもそれを全面に出そうとせず、口では理解ある大人のフリをして立夏くんのやろうとしていることを応援している。それが何なのか私には分からないけど、ただ一つ確かなことは御大様は立夏くんを自分の支配下に置こうとしている。いや、庇護下と言った方が正しいかもしれない。そしてそれは旦那様と奥様の意向でもある。だからあの3人は尊や未空以上に立夏くんについて知っていてどうにかして神代と立夏くんに接点を持たせようとしているんだ。本人の意志は関係なく。
(何を考えてるんだか…)
そんなことあたしが心配したって仕方ないことなのに。
善悪の判断はあたしの仕事でも何でもない。あたしはただ下された命令に忠実に従っていればいいだけ。だってあたしにとっての善も悪も神代家そのものなんだから。
でも…、
「それより3階のバルコニーから飛び降りたってどう言うことよ?立夏くんが自発的に飛び降りたってこと?」
「それしかねぇだろうが。いくら俺でも流石に止める」
「でも止められなかったんでしょう。一体何があってそんなことになったのよ?」
「普通に話してただけだ。でも途中で…―――」
(間)
「ガキ・口下手・恋愛童貞」
「ゔっ」
尊は立夏くんとの間に何があったのか話してくれた。あの尊がすんなりと話してくれたのは意外だったけど、話を聞いてみるとその理由が何となく分かった。要はお手上げってことでしょう?何で立夏くんが怒ったのか理解出来なくて助けを求めているのだろう。
あたしにとってこう言う尊の姿はとても新鮮で、いつもの大人びた姿なんかより何倍も可愛く見えて何が何でも手を貸してあげたくなってしまう。だから尊をこんな風に変えてくれた立夏くんにはとても感謝してるし、出来ることなら尊の気持ちに応えてあげて欲しいとも思ってる。あたしとしては未空のこともあるから内心複雑ではあるけど。
勿論同性同士の色恋に障害は付きものだけど、そこは神代の力で何とかなると確信してるから後は立夏くんの気持ち次第。ただその気持ちがね…。
「……貴方は立夏くんが良いのね?」
「………」
あたしの問いに尊は何も答えなかった。
でもあたしを射抜く怖いくらい真っ直ぐな黒曜石を見れば答えは一目瞭然だった。
(尊が考えを変える気がないなら…)
「貴方に今の立夏くんを殺す覚悟はあるのかしら?」
「……は?」
愛する覚悟も、愛される覚悟もない子だと思ってた。
だから御大様達から無条件に愛されてる立夏くんに嫉妬した。自分はこんなにも努力して今の地位を築き上げたと言うのに、ただ顔が良いって理由だけで御大様達の寵愛を受けていることに納得出来なくて「期待外れ」とまで言って立夏くんの心を傷付けた。
でも違う。あの子は…、きっと立夏くんは他人に期待出来ないんじゃなくて期待することを諦めてしまったんだ。
『少なくとも俺は変わって欲しいって思ってます。だから俺に信じさせて下さい、これからの2人のことを…』
過去に何があったのかは分からない。
でも自分のこと以上に他人を思いやれる立夏くんが何故か自分のことに関しては無頓着で自分を勘定に入れていない。それは愛を知らないこと以上に悲しくて、何も知らずに「期待外れ」とまで言ってしまった言葉から目を背けたくなった。
だからってわけじゃないけど、今では立夏くんに対して嫉妬なんて感情は一切ないし、未空の心を救ってくれた立夏くんには未空以上に救われて欲しいとも思っているくらいだ。本来はあたしの領分じゃないけど、それでも何れ立夏くんが神代家の人間になるならと自分自身に言い聞かせてこの件に限っては善悪の判断を捻じ曲げることにした。
「あたしもね、立夏くんのことが好きなのよ」
勝手に嫉妬して、自分よがりに傷付けて、あたしはあの頃と何も変わってない。
そんなあたしに対して立夏くんは「変わって欲しい」と言った。だったら変わってやろうじゃない。ついでに立夏くんの諦め癖も変えてやるんだから。

