歪んだ月が愛しくて3
◇◇◇◇◇
希がエレベーターで1階に降りると、最初に目に飛び込んで来たのはエレベーターホールを見渡すように壁に寄り掛かりながら腕を組んで佇む頼稀だった。
その顔には安定のポーカーフェイスが貼り付けられ、大抵の人間には彼の考えを理解することは困難であった。
しかし、彼女には分かっていた。
ポーカーフェイスの裏に隠された、本心に。
「待った?」
「……待った」
彼の不機嫌な、本当の理由に。
「……アイツとは、話せたのか?」
その問いに彼女はフッと口元を緩めた。
ああ、やっぱりと…。
「話せたよ。ちゃーんと本当のことを話して来た」
「そうか…」
「でも頼稀が聞きたいのはそんなことじゃないよね?」
「………」
試すような彼女の視線を頼稀は正面から受け止めて重い口を開いた。
「……詮索するなと言ったはずだぞ」
睨み付けるような鋭い瞳が彼女を射抜く。
本来更に厳しい追及に遭うはずだが、男は恋情故にそれ以上の追及をすることが出来なかった。
そしてそれは彼女にも分かっていた。分かっていたからこそ彼女は無茶な賭けに出たのだ。
「言われたね」
「あんな真似までして…。相手が立夏じゃなかったら今頃退学になってたかもしれないんだぞ」
「相手が立夏だったからあんな真似したんだよ。思った通りの反応だったでしょう?」
「だからってな…」
「それにやっぱり本人の口からちゃんと聞いて置きたかったんだよ。そうしないと何か安心出来なくてさ」
「……それを聞いて、安心出来たのか?」
分かってるくせに…、と彼女は思う。
同時に初めからその答えを分かっていたからこそ余計な詮索をさせたくなかったのだと気付かされた。
「ぜーんぜん。寧ろ確信しちゃったよね。あれじゃ聞かない方がマシだったわ」
「だから言ったんだ…」
「うん、ごめん…。あーあ、素直に頼稀の言うこと聞いときゃ良かったな。そうすればこれ以上不安になることもなかったのに…」
「………」
後悔したのはそれだけではない。
ああも強引に話の場を設けたと言うのに、自分がしたことと言えば立夏に見え透いた嘘を吐かせたことくらいで、本当のことを話してもらえないばかりかあの凝り固まった考えをほぐしてやることも出来なかった。
後に残ったのは後悔と不安、そして自分に出来ることは何もないと痛感させられただけだった。
「……ねぇ、頼稀」
でも、他の人だったら?
自分以外の誰かだったら立夏を思い止まらせることが出来るかもしれない。
自分がその“誰か”じゃないことは寂しいけど…。
藁にも縋る気持ちで見上げた先にいた頼稀に、彼女は託すことにした。
自分には出来なかったことを。
彼なら何とかしてくれるはずだと、願いを込めて。
「お願い。立夏のこと、絶対に逃さないで」
「………」
「どんなことをしてでも、どんな結末になったとしても…、俺達から立夏のことを奪わないでね」
「……ああ」
頼稀も、気持ちは同じだった。
寧ろ彼女が思う以上に立夏のことを危惧していた。
しかし自分に出来ることを模索中の今、一抹の不安が過る心に彼女の願いが背中を押してくれた。
「安心しろ。始めからそのつもりだ」
誰にも奪わせない。
例えそれが立夏本人だとしても…。
悲しい結末しかない未来に誰が放り込んでやるものか。
「もう、アイツの意思なんて関係ねぇよ…」
頼稀はゆっくりと自分の手を目の前まで持ち上げた。
ギュッと握り締める拳が自身の覚悟を表していた。