歪んだ月が愛しくて3



「それにしても…」

「……ん?何?俺の顔に何か付いてる?」

「ううん。いつも通り最高に可愛くて綺麗な顔してるよ。そうじゃなくてね、俺が言いたいのはリカがこの屋敷にいるのって何か変な感じがするなって思ってさ」

「でしょうね。自分でもそう思うよ」

「悪い意味で言ってるんじゃないよ。それに変な感じとは言ったけど、それは俺よりもこの家に馴染んでて違和感がないから凄いなって思ったんだ」

「凄い?」

「うん。まるで本当の家族みたいに見えたから…」

「……神代の家族は未空だろう。俺じゃないよ」

「まあ、書類上はそうなってるけど」



書類上は、ね…。
つまり未空にとっての本当の家族は神代家の彼等ではないと言うことか。
だったら未空の本当の家族って誰?
喉まで出掛けたその言葉を寸前のところで飲み込んだ。



「だからレンちゃんのことを“レティさん”って呼んでるの?」

「へ、変かな?慣れるまでは好きに呼んでいいって言われたからそう呼んでるんだけど…」

「変じゃないよ。呼び方は未空の自由だしね。ひーくんのことは何て呼んでるの?」

「聖さんだよ」

「じゃあまもちゃんのことは?さっきは“大旦那様”って言ってたけど」

「あ、あー…それは…」

「別に言い辛かったら無理に話す必要はないよ。ただちょっと気になっただけだから」

「言い辛いわけじゃないんだけど、前に大旦那様から家族になったんだからその呼び方は違うだろうって言われてたのにあの時は頭に血が上って咄嗟に言っちゃったから…」

「じゃあ普段は何て呼んでるの?」

「………多分、呼んでない」



多分かよ。

色々とツッコミどころが多いな。



「注意されてから何て呼んだらいいのか分からなくて、いつも“あの”とか“その”とか言って誤魔化してた、気がする…」

「そっか…」



『まあ、彼奴はそうは思っとらんじゃろうがな…』



あのまもちゃんが珍しく弱腰だと思ったらそう言うことね。
通りで俺に振るわけだ。似たような境遇の俺なら何とか出来ると思ったのだろうか。
期待してるところ悪いけど、ここまで根深いものを抱えている未空の心を本当にこじ開けることが出来るのか自分でも半信半疑だった。寧ろ自信がない。だって俺と未空は根本的な部分が違うのだから。



「お待たせ致しました。こちらデザートのクレームブリュレでございます」



その声に顔を上げると、何故かそこには両手に皿を持った葉桜先生がメイドの真似事をしていた。



「何で先生がここに…」

「奥様に同行した梅花さんが持ち場を離れたので私が代わりに呼ばれたのよ」

「じゃあその皿は?」

「これはついでよ、ついで」

「だからって何でお前が来るんだよ…。飯が不味くなる」



未空は目の前に置かれたデザートの乗った皿と葉桜先生を交互に見て嫌そうに吐き捨てる。
そんな未空の視線に気付いた葉桜先生がハッと鼻で笑った。



「相変わらず辛気臭い顔してるのね、泣き虫くんは」



カッチーン。

聞こえないはずの効果音が未空の負けん気に火が点けた。



「は?俺がいつどこで泣いたって言うんだよ。適当なこと言うな」

「そのいつどこでを都合良く忘れたって言うなら今ここで思い出させてあげてもいいのよ?でもそんなことしたら立夏くんにバレちゃうわね。君が本当は女々しくて泣き虫で、その度に尊坊ちゃんに慰めてもらってたことが」

「なっ!?ち、違う!別にみーこに慰めてもらってたわけじゃない!偶々そこにいたのがみーこだっただけで、それで…っ」

「女々しくて泣き虫って部分は否定しないのね。まあ、否定したくても出来ないか。本当のことだものね。あたしがちょっと突くとすぐ傷付いたって顔して尊に泣き付いてたじゃない。こっちは親切心で言ってあげてるって言うのにお陰であたしは悪者よ」

「親切心?あれのどこが親切だって言うんだよ。お前は俺が何も知らないことをいいことに俺をバカにして俺が悲しんでる様を見てストレス発散してたたけじゃねぇか!」

「心外ね。確かにあたしは人に褒められるような性格はしてないけど、だからって何も知らない子供をイジメて楽しんでるようなクズじゃないわよ」

「どうかな。お前ならやりかねないと思うけど。俺を利用してみーこに近付こうとしたくせに」

「それも誤解ね。だってあたしは君を利用するまでもなく尊に一番近い女なんだから、現在進行形でね」

「、」



ガンッと、未空はテーブルを両手で叩いて椅子から立ち上がる。
その様子に一切動じない葉桜先生と未空の瞳が至近距離でぶつかり合う。
ただ未空がこれ以上ヒートアップすることはなかった。いくら女嫌いで目の前にいる相手が死ぬほど嫌いな人だとしても未空は無闇に手を上げたりするような人ではない。それは男であっても女であっても一緒だ。葉桜先生もそれを理解しているのか、至近距離から睨み合いながらもその瞳にはどこか余裕が感じられた。何だかんだ言いつつも葉桜先生は未空のことをよく分かっている。俺にはそんな風に感じられた。



「あ、そうそう。こんなことしてる場合じゃなかったんだわ」



タイミングを見計らって話を変えた葉桜先生の視線が俺へと向けられる。
「立夏くん」と俺の名前を呼ぶその口がとんでもないことを口走った。



「来てるみたいよ、貴方の自称代理保護者が」

「………は?」


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