歪んだ月が愛しくて3
扉の前で深呼吸をして荒ぶった気持ちを落ち着かせる。
葉桜先生と未空が一緒に来てくれて良かった。1人で来てたら荒れに荒れまくってこの扉を蹴破っていたかもしれない。
葉桜先生のアイコンタクトに頷いて応えると、彼女は応接間の扉を3回ノックした。部屋の中から「どうぞ」とレンちゃんの声が聞こえて葉桜先生がドアノブを回す。
「失礼致します。立夏様と未空坊ちゃんをお連れ致しました」
応接間のソファーで向かい合って座る2人。
レンちゃんと、もう1人―――。
「文月さん…」
その名前を口にしたと同時に溜息が漏れた。
反対に文月さんは俺の姿を視界に捉えた瞬間「リツ!」と声を上げてソファーから立ち上がった。
驚いているわけでも怒っているわけでもないこの感じはどちらかと言えば安堵に近いものに感じた。先程までの苛立ちが自然と遠退いて行く。
「態々来てもらってごめんなさいね。デザートはゆっくり食べられたかしら?」
レンちゃんは普段使わない扇子を広げて口元を隠しながら俺に言った。
「うん。凄く美味しかったよ」
「良かったわ。15時のアフタヌーンティーも楽しみにしててね」
「ありがとうレンちゃん。……ところで何で文月さんがここにいるの?俺は“友達の家”としか哀さんに言ってないんだけど」
「お前の友達は限られてるからすぐに分かる。お前を見つけ出すのなんざウォーリーを探すより簡単なんだよ」
「何それ?俺の居場所を確かめるだけなら電話でも足りるだろう。そもそも直接俺に聞けば良かったじゃん。それなのに何で態々アンタ自らここに乗り込んで来たんだよ?」
「場所が場所だけに哀を差し向けても門前払いされる可能性があったから俺様が直接迎えに来てやったんだよ」
「迎え…?」
「無断外泊の非行少年を迎えに来たんだよ、この俺様直々にな」
「無断じゃねぇよ。ちゃんと哀さんの許可は取った」
「許可したのは外出だけだ。事後報告の分際でデカい口叩いてんじゃねぇよ。それにお前が連絡して来たのは深夜じゃねぇか。その間こっちがどんだけ捜しまくったと思ってんだこのバカ。あの時間に連絡して来て帰って来いって言えるわけねぇだろうが」
「あれ?ウォーリーを探すより簡単なんじゃなかったっけ?」
「お前…、全然反省してねぇだろう?」
「連絡が遅くなったことについては反省してるよ。哀さんに謝っておいて」
「おい、俺様にはねぇのかよ?」
「文月さんには…、言いたくない」
「喧嘩売ってんのかテメー」
フンと、態と顔を逸らすと徐に文月さんが迫って来た。
そんな俺と文月さんの間に未空が俺の壁になるように割り込んで来た。
「ねぇ、リカを迎えに来たってどう言うこと?」
「チッ、仙堂か…。どうもこうもそのまんまの意味だろうが。帰る時に足がないと思ったから迎えに来てやったんだよ」
「でもリカはここに…っ」
「その話は聞いた」
未空の言葉を遮った文月さんは未空の後ろにいる俺の目を見て。
「……いいのか?」
珍しく真剣で、どこか不安げな瞳だった。
文月さんが命令口調ではなく俺の意志を確認するなんて珍しい。
それにここは文月さんが毛嫌いする会長の実家だ。この場に未空がいるように当然会長だっているのに態々自分から出向いたり、俺がここに滞在することをいつもみたいに是が非でも阻止しようとする姿勢が見られないことにどうにも違和感を覚えてしまう。
明日は槍が降るかもしれない。いや、現実的に考えて槍ではなく台風が来るかもな。
文月さんの言葉に最初は拍子抜けしたが、その言葉の裏に隠された部分をよく考慮してから返事をした。
「うん」
文月さんが何を言いたいのかは分かってる。
確かにここにいたら動きが制限されて今後の対策は難しくなるだろう。
でも今はそれを疎かにしてでも優先しなければいけないことを見つけてしまった。
だからいいんだ。今はこれで。
「……何かあったらすぐに連絡しろよ」
「ないよ。寧ろこの家で何かあったらマズいでしょう?」
「それもそうだが…」
パチンッと、レンちゃんが口元を覆っていた扇子を閉じた。
「お話は済みまして?」
「あ、はい…」
レンちゃんの問いに微妙な反応を見せる、文月さん。
いつもの偉そうな態度ではなく口元を引き攣らせてどこか気不味い雰囲気を放っていた。
先程の違和感といい今といい、もしかして文月さんはレンちゃんに苦手意識を持っているのかもしれない。神代だけに?マジで天敵じゃん。
「安心してよ理事長。リカは俺が責任持ってちゃんと守るから」
「あら、私達のことも忘れないで頂戴ね。リリーは私の天使、そして神代家の特別なお客様なんだから誠心誠意尽くさせて頂くわ」
「……ご厚意、感謝します」
「ふ、文月さんって…、そんな言葉遣いも出来たんだね…」
「どう言う意味だコラ」
レンちゃん効果、スゲー。