歪んだ月が愛しくて3
「ご親切にありがとう。君は…、確か1年の藤岡くんだね。君の噂は色んなところから耳にするけど、やはり他人から聞いた噂ほど当てにならないものはないね」
「あははっ、何それ?その噂スゲー気になるんですけど」
「聞きたい?」
「聞きたい、聞きたい」
「僕が聞いたのは転入早々覇王に色仕掛けで近付きまんまと生徒会に入って彼等の寵愛を一身に受けていることと、新歓の時に神代先輩と対決して怪我をさせたことと、後は学園内に侵入した不審者を“B2”と共に制圧したことくらいかな」
「「っ、」」
「………」
その言葉に俺達“B2”の警戒心が増した。
「確かにそんなこともありましたね、懐かしい」とか言って暢気に浸ってる立夏とは違い、俺達は故意に立夏の悪評を口にするこの男を“敵”と判断し、俺と汐と遊馬は立夏を背後に隠すように男と対峙した。
それに先程の台詞。まるで俺だけでなくあの時一緒にいたアゲハさんまでもを“B2”の一員と見做しているような口調だった。ただの一生徒がアゲハさんの正体に辿り着くはずがない。そもそも七名家の次期後継者を深入りしようとも思わないだろう。
「……お前、何者だ?何故コイツに接触した?」
「不躾だね。僕はただ藤岡くんと世間話をしているだけじゃないか」
「悪意ある噂を本人に伝えることが世間話か?」
「悪意だなんてとんでもない。僕は他人から聞いた話をそのまま伝えただけだよ。もしその悪意と言うものがあるとしたらそれは僕個人の感情ではなくその噂の発信源とそれを広めた人物だろうね。つまりそれこそが学園内に置ける彼の評価と言うことだよ」
……この男。
やはり、ただの生徒じゃない。
それに先程から感じるこの既視感は一体…。
何故立夏に接触した?
何故このタイミングで俺達の前に現れた?
「おい!勝手なこと言ってんじゃねぇぞテメー!」
「そうだな。どこの誰かも分からない赤の他人に立夏くんのことを語られても迷惑なだけだ」
汐と遊馬が感情を全面に出す。
気付けばアゲハさんも立夏のすぐ傍に控えていた。
警戒するに越したことはない、と言うことか…。
それならば俺がやることは一つだけだ。
「消えろ、目障りだ」
この男をこれ以上立夏に近付けさせないこと。
男の意図は分からないが立夏本人にあえて悪意ある噂を伝えたと言うことは挑発行為そのもの。
それに乗るか乗らないかは立夏次第だが、相手の素性が分からない今無理に乗ってやる必要はない。
後は相手がどう出るか…。
「はぁ…。これだから躾のなってない駄犬は嫌いなんだよ」
ストンと、その顔から表情が抜け落ちる。
ああ、これがこの男の本性か。
先程までの胡散臭い笑みが嘘のようだ。
「っ、何だとテメー…「もう一つあるんじゃない?」
途端、汐の怒声を立夏が遮った。
「その噂って」
「……もう一つとは?」
強引に話を戻したかと思えば、立夏は不敵な笑みを浮かべながら俺達の間に割り込んで来た。
有無を言わさぬ力強い瞳に、俺達は言葉を噤んだ。
「ヤダなぁ、惚けちゃって。体育祭の時に何があった知らない先輩じゃないでしょう?」
先輩、だと…?
まさか、立夏は…。
「あーあ、本当あの日は散々でしたよ。久々の体育祭で応援団に抜擢されてこっちも打倒S組で頑張ってたのに、どっかのバカがお供を引き連れて乗り込んで来るわ、お茶に変な薬盛られるわ、お陰でアゲハからもらった団服がボロボロになるわで本当最悪。まあ、月と個人的因縁のある俺が恨まれるのは仕方ないんだけどね」
……知っているのか、この男を?