歪んだ月が愛しくて3
空の覚悟
立夏Side
夏休みの翌日から神代家に滞在して数日が経過した。
俺と未空はレンちゃんの好意で家庭教師を付けてもらい学園から出された課題を進めていくと同時に隙間時間にテーブルマナーや語学などの教養を学んでいた。
初めは将来の役に立つかなくらいにしか考えていなかったが、教わっていくうちに「もっと学びたい」「極めたい」と言った気持ちが膨らんでいき今では学園の課題よりも意欲的に授業に取り組んでいる自分がいた。恐らくそれは未空も同様で。勉強嫌いな未空が自分から進んで色々なことを学びたいと言った時は驚いたが、その言葉通り未空は意欲的に授業に取り組み様々な知識を吸収していった。どんな心境の変化があったのかは知らないが、部屋に閉じ篭もってウジウジしているよりずっと良いのでこの機会を作ってくれたレンちゃんと家庭教師の人には感謝しかなかった。
午後の授業が終わると恒例のお茶会だ。
お茶会にはレンちゃんかまもちゃんのどちらかが参加しその日の授業風景や感想、困っていることはないか、夕飯は何が食べたいとか他愛もない話をしていた。
そして今日のお茶会の会場は大きな噴水が一望出来る涼しげな“ウォーターテラス”。授業が終わり次第急いで中庭に向かうと既にそこにはレンちゃんの姿があった。本来なら俺達が先に着いてレンちゃんを待ってなきゃいけないのに寛大な上に気さくなレンちゃんは俺達を咎めるばかりか椅子から立ち上がって俺達を出迎えてくれた。申し訳ない。
そんなレンちゃんは会話の節々によくこんなことを口にする。
「ずっと家にいるのも退屈でしょう?気晴らしに2人で出掛けて来たらどうかしら?」
「そう言ってくれるのは有難いんだけどまだ課題が終わってないから…」
「折角家庭教師を付けてもらったので今は勉強しないと…」
そう言っていつもレンちゃんの提案をやんわりと断っていたのだが、この日のレンちゃんはいつにも増して押しが強かった。
「2人がどれほど意欲的に授業に取り組んでいるかは家庭教師から聞いているわ。まだ始めたばかりだと言うのに2人の飲み込みの速さに家庭教師も絶賛していて私も鼻が高かったわ。だからってわけじゃないんだけど頑張ってる2人のためにちょっとしたご褒美を用意したの。良かったら明日2人で行って感想を聞かせてくれないかしら?」
「ご褒美?」
「行くってどこに…」
「私の知り合いが経営する百貨店で夏休みの期間限定で施設内にお化け屋敷を作ったの。ワンフロア全部使ってるからそこそこ凝った作りになってるし2人にも楽しんでもらえると思うわ」
「作ったのって…、勿論仕事の一環で作ったんだよね?」
「勿論私的な理由で作ったのよ。勉強ばっかしてる2人をどうやって家から連れ出そうかなって。それで考えたの。夏と言えば肝試しでしょう?でも屋外でやると気温の問題とかあるから屋内で出来るものはないかって。それで閃いたのがお化け屋敷だったの。百貨店のワンフロア貸し切っちゃえばそれなりのものが出来ると思ったし、何より室内なら叫びながら走ってもそこまで汗掻かないんじゃないかと思ってね」
「え、本当に俺達のためだけに…?」
「(ドン引き…)」
「そのつもりだったんだけど、その知り合いに話を持ち掛けた時に一般公開出来るようにしてくれないかって頼まれちゃったのよ。勿論2人が遊んだ後にね」
「それって俺達が行かなかったらいつまでも一般公開出来ないってこと?」
「そうね。でもそれは貴方達が気にすることじゃないわ。折角2人のために作ったものなんだから他の人が最初に遊ぶのは面白くないもの」
この人、目が本気だ。
自分が凄いこと言ってるって気付いてないのかな?
そんなことを考えていると横から脇腹を突かれた。
未空は俺にだけ聞こえる小さな声で「どうするリカ?」と意見を求めて来た。
「まさか強硬手段に出るとは…」
「俺達がレティさんの話半分に聞いてたからかな?」
「かもね。ここまでしないと俺達がずっと引き篭ったままだと思ったんじゃない」
「つまりリカが珍しく机に向かって勉強してたせいってことか」
「それを言うなら未空もだろう」
「まあ、それはそうなんだけど。でも気分転換なら十分してると思うんだけどな」
「今の時間だって歴とした気分転換だからね。でも俺達のせいでレンちゃんや店側に迷惑掛けるのはイヤだし…」
「つまり?」
未空と顔を見合わせたまま互いに頷く。
それだけで未空は俺の考えを理解してくれたようで2人同時に正面に座るレンちゃんに視線を合わせた。
「ありがとうレンちゃん。俺お化け屋敷大好きなんだ〜」
「俺もです。ありがとうございます。早速明日行ってみます」
こうして俺達の明日の予定が強制的に決まった。