歪んだ月が愛しくて3
翌日、俺と未空は朝食を食べた後、神代家の運転手が運転する高級車に乗って例の百貨店に向かっていた。俺と未空は後部座席に、そして護衛役の葉桜先生は助手席に。発案者のレンちゃんは急遽予定が入ってしまい運転手を除いた俺達3人だけで出掛けることとなった。
「やっぱり可笑しいよ。何で俺達を家から出すためだけに百貨店のワンフロア丸々貸し切っちゃうかな。気分転換に外行けって言うならその辺の公園とかで十分なのに…」
「せめてみーこがいれば警備上の問題云々で納得出来たんだけどな」
「流石に寝る間も惜しんで仕事してる会長に一緒にお化け屋敷に行こうとは言えないよ」
「それはそれで拗ねるんじゃない?何で俺を誘わなかったんだって」
「会長が…?会長ってそんなにお化け屋敷好きだったの?」
「(そう言う意味じゃないんだけどな…)」
今日のことは会長には話していない。と言うよりも話したくても会長が捕まらないのが現状だった。セクハラ野郎に遭遇した後、皆で朝食を摂って以来会長とひーくんには会えていなかった。2人共忙しい身だから仕方ないのだがここまで時間が合わないとは思ってもみなかった。毎日本邸で過ごしてる俺が見掛けることすらないなんてあの2人はいつ仕事から帰って来てるのか?ちゃんと食事と睡眠は摂れているのか?気分転換が必要なのは俺達ではなく会長達の方では?などとそんな心配が頭の中で堂々巡りしていた。
「尊坊ちゃんは神代財閥の次期後継者として多忙を極めております。いくら未空坊ちゃんがお誘いしたところで時間を見つけるのは困難かと思います」
助手席から降って来た声に未空はムスッと険しい顔を見せた。
「そんなこと一々言われなくても分かってるよ。次期後継者として聖さんについて回ってるだけじゃなくて、尊は自分の会社も持ってるから俺には想像も出来ないくらい相当忙しいってことはアンタに言われなくてもちゃんと理解してる。いくら俺だってそんな尊に無理に時間作ってとは言わないよ」
「左様でございますか」
相変わらずギスギスした雰囲気を醸し出す未空と葉桜先生。
葉桜先生の聞き慣れない敬語と未空の揚げ足を取るような台詞が更にそれを助長させた。
いくら運転手の目があるからってそこまで険悪な雰囲気を出すならもう敬語とかいらない気がするのは俺だけだろうか。
「ですが立夏様がお誘いすれば無理にでも時間を作るかもしれませんね」
「え、俺?」
「尊坊ちゃんも人間ですからね。休息無しではいつか身体を壊してしまいますし、仕事への原動力だって何れ底を突いてしまうかもしれません。そうならないためにも適度な休息とご褒美がないといけませんから」
「はぁ…」
「(その顔は分かってないな。みーこにとって何がご褒美なのか…)」
神代家の屋敷から車を走らせること約1時間。到着したの東都のとある街に所在する老舗百貨店だった。ここは日本初のデパートメントストアとして知られ近代百貨店の発展に大きく貢献したと言われており、上階では常に特別企画展を催し地下の食品販売フロアでは富裕層向けの多種多様な食品が数多く販売されている。つまり名前だけなら誰もが一度は聞いたことのある有名なデパートだ。
「神代様、藤岡様、この度はご多忙の中ようこそお越し下さいました。心より感謝申し上げます」
「あ、……こちらこそ。義母が無理言ってすいません」
「とんでもございません。このような素晴らしい催しに我が百貨店を選んで下さり感謝の言葉しかございません。早速ではございますが会場にご案内しても宜しいでしょうか?」
「お願いします」
俺達が乗る車は最下層の地下駐車場で停車し、予め待機していた百貨店側の人間と一言二言交わしてから彼等に先導される形で最上階の特別企画展エリアへと案内された。
そこはエレベーターの扉が開いた瞬間から既にそれっぽい雰囲気を漂わせた空間となっていた。薄暗い照明と不気味な音響、そしてやけに凝った神社のようなセットが外観からして風情丸出しの超オールドスクールな和物系だと確信した。
「雰囲気出てるね」
「想像以上だね。もっと子供向けかと思ったけど」
「ウォークスルー型のお化け屋敷ですので5歳以下のお子様は必ず保護者同伴と致します。セットを壊されても困りますし、何より中で迷子になってしまいますと一度流れを止めて捜索しないといけませんので他のお客様のご迷惑になってしまいますから」
「捜索ってことはやっぱり広いんですかこの中って?」
「はい。このフロアの床面積の約半分をセットで使用しており、残りの半分をお客様の待ちスペースとスタッフの待機場所として使用する予定です」
「成程。レンちゃんが言ってた通り本当にワンフロア丸々貸し切ってるのか」
「今回の作品は神代様からのご依頼で長年の実績を誇るプロフェッショナル集団が企画・制作したホラー映画が迷い込んだような世界観が特徴のウォークスルー型のお化け屋敷となっております。冷や汗必須の夏の風物詩であるお化け屋敷は当百貨店の今季の目玉と言っても過言ではございません。長期休暇と重なる夏限定企画と言うこともあり幅広い層のお客様の来場が期待出来るため我々従業員一同心待ちにしていた企画でもございますのでご子息様と藤岡様にも存分に楽しんで頂けたら幸いです」
「ありがとうございます」
「楽しみです」
Prrr…
その時、ポケットの中でスマートフォンが着信を知らせた。
今は未空達と一緒にいるため後で掛け直そうと思ったがディスプレイに表示された名前を見て考えが変わった。
「あれ?それってリカのスマホ?」
「そう、だけど…」
「リカのスマホって黒じゃなかったっけ?もしかして買い替えた?」
「……違うよ。こっちは家族用で、未空が知ってる黒い方は聖学に入学する時に文月さんに無理矢理持たされた奴なんだ。俺、文月さんの連絡は基本無視してたから」
「あ、それで無理矢理」
「そう言うこと。すいませんが急ぎの電話が入ったのでちょっと失礼します」
そう言って未空達から離れて電話に出た。
「どした?何かあった?」
『急用ってわけじゃないんだけど、ずっと気にしてたから取り急ぎ電話で伝えておこうと思って』
電話を掛けて来たのはナツだった。
ヤエに持たされた白色のスマートフォンはあの祭りの日以降ずっと電源をつけたままにしていた。どうせ俺の居場所は既にヤエとナツに知られている。あの2人には調べものを頼んでいるため常に連絡が取れるように電源を切らずに持っていたが、さっきみたいに指摘されるのは面倒だな。未空だけが目敏いならまだしも意外に多いんだよな、そう言う連中が。
「それで?」
『明日退院するってさ、あのセンパイ達』
「明日…」
ナツには岩城くん達の怪我の状態を逐一報告してもらっていた。とは言え岩城くんは軽傷だったから翌日には退院したけど、気掛かりだったのは野球部3人組の方だ。とてもじゃないけど軽傷とは言えない怪我だったから念のために八重樫の名前を使ってありとあらゆる検査を受けさせて日常生活に問題がないところまでサポートするつもりでいた。それがいきなり明日退院って…。
「誰の指示?」
『そこは担当医も把握してなかったよ。ただ引取先が決まったとしか聞いてないみたい』
「聞いてないって、誰から…?」
『あの病院のトップ。つまり…』
「何であの男がここで出て来る?あの3人は関係者だったのか?」
『今のところ何も出て来ないけど関係者があの3人とは限らないんじゃない?』
「岩城くんが?」
『若しくは加害者側と精通してる可能性もあるってこと。まあ、今のところは何の情報も得られてないけどね』
「……分かった」
『あのジイさんのこと探ってみる?』
「いや、ナツにはその引取先がどこかを見つけ出して欲しい。こっちでも明日以降岩城くんにそれとなく聞いてみるから」
『了解』
「深追いはするな。場所さえ分かればそれでいい」
『分かってる。それよりシロの方はどうなの?面倒事は片付きそう?』
「いや…」
『……また暫くお預けってわけね。いいねアイツは。一丁前にシロのこと仲間とか言ってたくせにいざとなったらシロにおんぶに抱っこでただメソメソと泣いてるだけでいいんだから』
「ナツ…」
『神代も神代だね。自分の家族なんだから自分達でどうにかしろっての。赤の他人のシロに泣き付くなんてどうかしてるよ。本当迷惑以外の何者でもない』
「ナツ、俺は迷惑だなんて思ってないよ」
『だろうね。シロはそう言う人だから。今にも死にそうな汚いガキでも、自分を殺そうと襲って来た相手でも、シロはそう言うのお構いなく誰にでも手を伸ばすから…。でもシロのそう言う優しさがいつか自分で自分の首を締めないように手を伸ばす相手は慎重に選んだ方が身のためだよ』
俺の返答を聞く前に強制的に会話を終了させた、ナツ。
俺の答えなんて聞かなくても分かってるくせに…。それでも言わずにはいられなかったナツを想うと胸が締め付けられるように痛かった。