歪んだ月が愛しくて3
「キャアァアアア!!」
「うっさ。いい加減鼓膜破けそうなんだけど」
「だ、だって今!君の向こうに、お、お、お…っ」
「作り物のね。そんなのに一々悲鳴上げてたらここ出る時には喉ガラガラだよ。少しは声抑えたら?仕事に支障出るよ?」
「そんなこと君に言われなくてももう十分支障出てるわよ〜!」
「(確かに…)」
「とりあえずその悲鳴が演技じゃないことは分かったよ。最初女みたいな甲高い悲鳴上げた時は気色悪くて信じられなかったけど。でもいくら演技じゃないとは言えリカの前で女らしさをアピールしてもリカはアンタなんかに靡かないよ」
「みたいじゃなくて正真正銘の女なのよ。それに悲鳴は条件反射みたいなものなんだから狙ってやってるわけじゃないし、立夏くんが悲鳴くらいであたしに好意を持ってくれるとも思ってないわよ。まあ、立夏くんは君と違ってフェミニストみたいだからあたしのことを嫌ってはないと思うけど」
「うわっ、何それ。自意識過剰じゃん。嫌いじゃない=好きってわけじゃないんだよ?分かってる?てかアンタにリカの何が分かるんだよ?リカのことで親友の俺にマウント取れると思ってんの?」
「これだから無知は嫌ね。自分だけが立夏くんのことを知ってると思ったら大間違いよ」
「は?俺のどこがむ…「ぎゃああああ!!出たぁああああ!!」
「だから声抑えろって…」
四つ目の祠をクリアした後、再び薄暗い照明の中を順路に沿って足を進める。
所々設置されているハリボテお化けと遭遇する度に葉桜先生の悲鳴が館内中に響き渡る。この悲鳴は外で待機しているスタッフにも聞こえているのだろうか。後で誰かに聞いてみよう。
俺はゼェゼェと荒い呼吸を繰り返す葉桜先生を落ち着かせようと後ろから声を掛けた。
「それにしても葉桜先生の弱点がお化けとは以外でした」
「自分でもそう思うわ。唯一の弱点と言っても過言ではないからね」
「それは公言しない方がいいんじゃ…」
「あたしだってこんな任務さえなかったら公言なんてしてないわよ。今まで誰にも言ったことがないからこそ今日この任務に抜擢されちゃったんだから」
「確かに」
「そう言う立夏くんはどうなの?お化け屋敷とか怖くないの?」
「怖くないですよ。お化け屋敷って作り物じゃないですか。驚いて悲鳴を上げることはありますけど、それは驚かせたり怖がらせるために何度も検証されながら作られたものなので当然の反応だと思ってますから」
「立夏くんって顔に似合わずクールよね…」
「そうですか?でもお化け屋敷初心者としては怖いって感情より楽しみの方が大きいんですよね」
「え、リカってお化け屋敷初めてなの?」
「お化け屋敷はね。でも新歓でやった肝試しを含めたらこれが2回目だよ」
「それなのに落ち着いてるね…。新歓の時だって全然そんな風には見えなかったよ」
「元々お化けとか目に見えないものは信じない主義だし、あの時は色々と気張ってたと言うか…」
「恐極月との因縁もあの時から始まったのよね」
「流石情報通ですね…」
「ふふっ、うちの坊ちゃんに怪我させたんだからお咎めなしってわけにはいかないでしょう?」
「その節は大変申し訳ございませんでした」
「立夏くんを責めるつもりは毛頭ないわ。尊に怪我を負わせたのは恐極月なんだから」
「そうだよ。リカは被害者なんだから気にすることないよ。悪いのは恐極と覇王親衛隊を野放しにしてた俺達なん…「いやぁあああ!!轆轤首ぃ〜!!」
「今俺がリカと話してるんだけど!?」
月は会長に全治1ヶ月の怪我を負わせた罪と第三者の人間を無断で学園内に手引きし学園に通う全生徒の安全を脅かした罪で学園を追放された。自主退学と言う形にしたのは退学理由を公にしないためと月の第二の人生を考慮した九澄先輩の温情と俺を気遣っての結果だろう。俺があの時聞き分けのない子供のように困らせたから…。そのせいで月を逆恨みした“鬼”の下っ端が学園に侵入し西川くんを人質に取り、月の退学の一因である俺を恨みに思った側近の村雨に階段から突き落とされ、月は俺に復讐するために自ら組員を引き連れて再び学園内に侵入した。その結果、月と恐極組の組員数名は“B2”によって身柄を拘束されることとなった。そして恐極組はヤエの手によって解体した。
これのどこが俺に非はないって?
時系列順に並べて一つずつ検証していってもその全てに俺は関わっている。
自分のせいにして殻に閉じ篭るのは簡単だ。でも一度その考えに行き着いてしまったら容易には抜け出せなかった。
『死ぬのは自由だ。いつだって逃げることも出来る。例えお前が死んだところで世界は何も変わらない』
『だがお前が生きて変わるものもある』
何が変わるのだろうか。
俺の生きる理由って一体何なんだろう。
かつて俺に生きたいと思わせてくれたのは公平だった。
公平がいたから…、だから俺はもう一度この腐った世界で生きてみようと思えたんだ。
(アイツがいなければ俺は今も…)
開けない夜はないって言うけど、公平と出会うまでの俺はそんな言葉に希望を抱いてばかりいて、結局信じることに疲れてしまって全てを諦めることで心の均等を保っていた。
そんな時に公平と出会った。
アイツの存在は俺にとってなくてはならない安定剤みたいなものだった。
どんなに心が荒んでいても、どんなに孤独を感じても、公平といる時だけは素の自分でいることは出来た。虚勢も、臆病な自分も、血を欲する獰猛な本性も、公平の前では素直に曝け出すことが出来た。
俺にとって公平の存在は生きる希望だった。それなのに…、
『……悪ぃ。ちょっと出て来るわ』
『この時間から?』
『ヤエちゃんから呼び出し。何か俺のダチが店の近くでバカやってたみたいで大人しくさせたから引き取りに来いってさ』
『ふーん…。1人で足りる?』
『モーマンタイ。ちゃんと起こして自分達の足で帰らせるから。シロはカイちゃんのこと頼むわ。まともな飯食わせてやってよ』
『ん』
『んじゃ、ちょっくら行って来るから大人しくイイコで待ってろよ〜』
俺は自分から手放した。
何よりもかけがえのない大切なものを、俺の生きる希望を。
『…ごめん、シロ……』
光を失った俺に生きる価値はない。
それでも死にきれなくて今ものうのうとこの腐った世界で生きている。
でもいつからだろう。公平の下を去った後、モノクロだった世界に色が付き始めたのは。
文月さんに連れ戻された時?聖学に入学した時?……いや、違う。
「……あれ?」
ふと視線を上げると目の前にいたはずの未空と葉桜先生がいなくなっていた。
いつの間に…。考え事に耽っていたとは言え2人の存在を忘れるとはどんだけトリップしてたんだろう。注意力散漫だな。いや、ある意味集中し過ぎなのかも。でも良かった、壁に激突しないで。
「てか、これって俺が迷子…?」
うわっ、またか〜。新歓に引き続きまた迷子かよ。後で未空に絶対笑われるじゃんこれ。
ただ迷子になった場所が室内で、しかもほぼ一本道のお化け屋敷の中で安心している自分がいた。
迷子とは言ってもただ逸れただけだからこのまま道なりに進んで行けばいつか未空達と合流出来るだろう。
そう思った最中、辺りの照明が一気に暗くなった。手元のパンフレットは当然見えないし、これではお化けがどこから出て来るのかも分からない。視点を変えればそれだけゴールに近付いてると言うことだろうが。
(暗い…)
まるであの頃みたいだ。
公平と出会うまでの俺の世界は常にこんな真っ暗闇の中にあった。
これが俺の世界であの男から与えられた全てだった。
ああ、気持ち悪い。
決して暗所恐怖症ではないのに無意識にあの男の顔が脳裏に過ぎったせいで吐き気がする。これで頭痛まで来たら結構しんどいな。
この場所が暗闇で且つ密閉された空間と言うことも理由の一つかもしれない。
自分のことさえ見失うほどの暗闇の中ではどんなに泣き叫ぼうと誰も自分の声に耳を傾けてくれる人はいなかった。反響する自分の声が更に追い打ちをかけるだけ。
だから諦めたんだっけ?
希望を、救いを―――。
その時、何かにぶつかって足を止めた。
こんなに暗いと流石に歩き難いな…、と暢気に考えていると頭上から聞き慣れた声が降って来た。
「……立夏か?」
その声に足元ばかり見ていた顔を上げた。
聞き慣れた声に初めは信じられない気持ちと驚きしかなかったが、顔を上げた瞬間に見えたキラキラ輝く光に思わず安堵してしまった。
俺を仲間と言ってくれた人、俺の世界に色をくれた人、俺の好きな人、俺の…
「希望…―――」