歪んだ月が愛しくて3



漸く暗闇に目が慣れて来た。
目の前にあった顔は間違いなく俺の知ってる会長だった。
しかし俺が安堵したのとは裏腹に何故か会長は険しい表情を浮かべていた。



「……それは人の名前か?」

「え?」



人の名前?

何の話を………あ。



「あー…もしかして今口に出してた?大したことじゃないから気にしないで。つい口が滑っただけだから」

「質問の答えになってねぇよ」



適当に誤魔化そうと思ったのに会長の眉間の皺が更に濃くなる。



「……人の名前ではないよ。俺が言った“光”ってのは会長のことだから」

「は?」

「ここって結構暗いじゃん。セットはおろか自分のことすら見えなくて立ち往生していた時に急に会長が現れたから…。変だよね。さっきまでは真っ暗で何も見えなかったはずなのに会長のことはすぐに分かったよ。暗闇の中でも色を失わないそのキラキラと輝く髪が俺には希望の光に見えたんだ」



あの光を見た瞬間、あの男の顔を一時でも忘れることが出来た。
過去の忌々しい記憶を吹き飛ばすほどの衝撃に思わず言葉を失ったくらいだ。
あの光を見た瞬間、会長の存在を認識した瞬間、俺がどれほど安堵したことかきっとこの人には分からないんだろうな。



「……お前、それ意味分かって言ってんのか?」



とか意味分かんないこと言ってるのがその証拠だ。
この気持ちを理解して欲しいわけじゃない。
だからこれ以上その話題に触れることなく話を変えた。



「そんなことより何で会長がここにいるんですか?仕事は?」

「お袋から連絡があったんだよ。お前と未空が気晴らしに出掛けるからスケジュールを調整して合流しろって」

「調整…、出来たの?」

「この時間だけはな」

「じゃあまた仕事に戻るんですね…」



よく見たら会長はスーツ姿のままだった。
最近は碌に顔を合わせてなかったから久しぶりに顔を見ることが出来て嬉しかったけど、そのせいで会長の休憩時間を奪ったかと思うと素直に喜べなかった。



「戻って欲しくなさそうな言い方だな?」

「そ、そう言うわけじゃないけど、ただ仕事仕事で朝も早くて帰りも遅いから身体壊さないように気を付けて欲しいとは思ってる、かも…」

「お前らしいな」

「俺らしいって?」

「いや、こっちの話だ」

「またそうやって自己完結して…。てか会長がここに来た理由は分かりましたけど何で俺の前にいるんですか?そっちって出口ですよね?」

「逆走したからな、お前を捜すために」

「俺を?」

「俺がここに着いた時、丁度未空と小牧が出口から出て来たんだが、あのバカ2人が肝心のお前と逸れたことに今の今まで気付いてなくてそれで俺が代わりにお前を捜しに来たんだよ」

「でも何で会長が態々…」

「あの小牧がもう一度ここに入れると思うか?」

「オモイマセン」

「だから足手纏いは置いて来た。未空も小牧に付き合わされてずっと走りっぱなしだったみたいで珍しく参ってたからな」

「へぇ、やっさし〜」



会長が2人の代わりに捜しに来てくれたことは分かった。
本当懐に入れた人間には優しいんだから…。
葉桜先生と未空を気遣う会長の優しさにモヤモヤが隠せない。でもだからと言って会長のそう言う部分を責めることなんて出来なかった。それは会長の長所でもあるし、何より俺なんかがどうこう言えることじゃないから。



「俺はお前にも優しいと思うが?」

「え、」



不意に会長の手が俺の目前に伸びる。



「行くぞ」



いつもなら強引に伸びて来る手が俺の意志を尊重するかのように待っている。
皮肉めいた口調を責めるわけでもなく会長の視線が真っ直ぐに俺へと向けられている。



(ああ、何でこの人なんだろう…)



差し出された手にそっと自分の手を重ねて会長と共に出口を目指して歩き出した。


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