歪んだ月が愛しくて3



「お前こそ何であんなところに1人でいたんだよ?体調でも悪いのか?」

「純粋に逸れただけ。俺も考え事してたせいで2人がいないことに全然気付かなかったよ」

「考え事?」

「大したことじゃないよ。でも周りがこんなに真っ暗だとつい余計なことまで考えちゃうんだよね。考え出したらキリがないことでも無駄に考えちゃうって言うか、簡単には抜け出せないって言うか…」

「だからあんなこと言ったのか?」

「あんなこと?」

「俺が光に見えたって奴」

「ああ、その話」



態と話を逸らしたのに軌道修正して来るなよ。
自分でも小っ恥ずかしいこと言ったって自覚してんだからあのままスルーして欲しかったのに。



「そう、だね…。でも会長が捜しに来てくれたお陰で不毛なループから抜け出せたみたい」



本当は今もまだ抜け出せずにいるけど、会長が目の前に現れた衝撃が意外にも大きくて一瞬だけでもあの男の存在を忘れることが出来た。
今は何も考えたくない。考えても考えてもキリがない底なし沼みたいなソレはヘドロみたいに俺の身体中に絡み付いて来る。本当気持ち悪くて仕方ない。
それでも正気を保っていられるのは…、



「お前、間違っても他の奴には言うなよ」

「……はい?」



不意に視線を上げた先にあったのはブスッとした不機嫌顔で俺を見下ろす会長だった。



「お前に自覚があんのかしらねぇが…、いやねぇな。お前はそう言う奴だ」

「は?喧嘩売ってんの?」

「兎に角約束しろ。金輪際軽率に人を煽るようなことを言うな。いいか?絶対にだぞ」



そう言って何故か不貞腐れた顔で念を押す会長はグッと俺の手を引いて顔を近付けて来た。
軽率な行動を取ってるのは会長の方だと思う。



「そんなに嫌だったなら訂正しますよ。会長の頭は懐中電灯でみたいで便利ですね〜、暗いところにいてもすぐに分かりましたよ」

「誰が懐中電灯だ。そうじゃなくて俺が言いたいのは無闇に他人を誑し込むなって言ってんだよ」

「は?誑し込んでませんけど」

「無意識でやってんだろう、お前の場合は」

「じゃあ意図的にやればいいわけ?無闇にやるなってことはそう言うことですよね?てか俺なんかに誑し込まれて本気にする人なんていないと思いますけど」

「もし本気にする奴がいたら?」

「有り得ないでしょう。少女漫画のヒロインじゃあるまいし」

「なら…、もし俺が本気にしたって言ったらどうする?」

「……へ?」

「故意でも無意識でも誑し込んだ責任をお前はどう取るつもりだ?」



こんな至近距離で目を見て話されたら何と答えていいのか分からなくなる。
冗談にしては質が悪い。これが新手の嫌がらせだとしたら会長の方こそ人を煽るセンスがバリバリあるじゃないか。
大体責任って何?俺はどうすればいいわけ?俺にどうして欲しいの?



「え、とー…」



とは言えこの状況でそんな逆ギレ発言出来るわけもなく黒曜石の瞳から逃れるように会長の出方を伺っていた。



「前にも自分を大切にしろって言ったはずだ。それが出来なきゃ俺が代わりにお前を大切にするとも」

「い、てたけど…」

「お前は俺に囲われたいのか?」

「はぁ!?そんなこと一言も言ってないけど!?」

「だったら不用意に周りの人間を煽るな。お前のその無意識な一言で舞い上がるバカはどこにでもいるんだ、俺も含めてな。勘違いされたくなかったら少しは考えてから物を言え」

「そんな言い方しなくても…」



……ん?

俺も含めて?



それってつまり…、



「会長も舞い上がったんですか?」



いやいやまさね。だって相手は会長だよ?天下の神代財閥の御曹司様だよ?
そんな歯の浮くような台詞なんて聞き飽きてるでしょう。てか寧ろ言ってる側じゃん。それなのに俺なんかの言葉に舞い上がるわけ…、



「そうだと言ったら?」

「っ、」



しれっと、会長は何食わぬ顔でそう言った。
会長の表情に殆ど変化が見られない一方で俺の顔は見る見るうちに紅潮していく。
ここがお化け屋敷の中で本当に良かった。辺りが暗いお陰で顔の表情は分かっても色までは判別出来ないはずだ。だってこんな赤く染まった顔を見られでもしたら俺の気持ちなんて一発でバレてしまう。そんなの死んでも嫌だった。



「何梅干食った後みたいな顔してんだよ?」

「し、してないよそんな顔!これは生まれ付きこう言う顔なんだよ!」



どうやらバレてないみたいだ。セーフ。



「てかこんなところでくっちゃべってないでとっとと帰ろうよ!会長だってこの後また仕事に行くんでしょう!」

「さっきは行くなって言ってたくせに」

「行くなとは言ってないよ!ただ不摂生しないように気を付けろってこと!」

「口煩い女房役がいないとつい時間を忘れがちでな」

「誰が女房だ!ふざけんな!」



そう言って会長の手を強引に引っ張って再び足を進めた。
そう言えばずっと手を繋いだままだった。羞恥心が蘇って来る。
でもこの手を離したいとは思わなかった。寧ろその逆で、今この時だけは会長の温もりを感じていたかった。この気持ちを伝えるつもりはないから余計に。


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