堕ちていく

第30話 絵本と笑顔の居場所

ある春の日。
満開の桜が風に揺れるなか、紗英と航平は、町の小さな古民家を見に行っていた。
瓦屋根の平屋。庭には大きな柿の木。古びているけれど、どこかぬくもりがある。

「ここなら、子どもたちが安心して遊べるね。車椅子でも入りやすいし」

「ええ、静かでいいわ。……“光の図書室”って名前、どう思う?」

航平はうなずいた。

「君らしい名前だ。絵本の世界の中に、未来への光がある──そんな場所にしたいんだよね」




ふたりの構想はこうだ。

名前は【光の図書室】。
対象は、障がいをもつ子どもたち、育てにくさを抱えた家庭の親子、そして心に傷を負った大人たち。

■ 絵本の読み聞かせ
■ 自由に描けるお絵かきの時間
■ 静かに過ごせる「もぐりの部屋」(クッションだらけの静かな空間)
■ 経験を持つスタッフとの定期的な相談会
■ 地域のボランティアとの交流会

そして、壁にはこう書かれる予定だった。

> 「ここでは、がんばらなくてもいいんです」
「あなたの歩幅で、大丈夫」
──“くまくん”より






施設設立のために、ふたりはクラウドファンディングを立ち上げた。
紗英はブログやSNSで、自分の過去と夢を綴った。

> 「私は、かつて歩けなくなったとき、自分の価値を見失いかけました。
でも、絵本と、子どもたちの笑顔と、航平さんが私を生かしてくれました。
今度は、私たちが、誰かの“生きていい”を支えたいんです」



数日後、メッセージが届いた。

> 「あなたの言葉に泣きました」
「同じような子を育てています」
「少額ですが支援します。頑張ってください」



資金は少しずつ集まり、地域の行政も相談に応じてくれるようになった。




夜、ソファに並んでいるふたり。

「……できるかな、私たちに」

「できるさ。小さな一歩が、いつか大きな居場所になる。
僕らがそうだったように」

紗英は、にっこり笑ってうなずいた。

「“光の図書室”、子どもたちの居場所にしたいな。
そして、私たち自身の未来にもなる場所に」

外では、柿の新芽が風に揺れていた。
ふたりの夢は、確かに形になりはじめていた。

< 30 / 38 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop