神殺しのクロノスタシス7〜後編〜
「その脅威の矛先が、こちらに向くのではないかと。次はルーデュニア聖王国なのではないかと…。フユリ様は危惧しておられます」

「…」

イシュメル女王はノーコメントだった。

…そこは嘘でも、「いや、ルーデュニア聖王国に手を出すつもりはない」と言ってくれよ。

ここで無言ってことは…。やっぱり、その気はある、ってことか?

いずれ、ルーデュニア聖王国にも戦端を開くつもりだと?

…洒落にならないから、やめてくれ。

「それに、何より…。…ナツキ様が生きている、という情報を耳にしました」

「…」

「ナツキ様が戦死されたというのは、嘘だったんですね?…どうして、そんな悪意のある嘘をついたんですか?」

「…」

相変わらず、イシュメル女王はノーコメントで。

代わりに、愛用の扇を取り出した。

出た。イシュメル女王の代名詞。

そして、その扇をばさっ、と開き、口元を隠した。

いつものスタイルだな。

「ナツキ様の存在は、アーリヤット皇国の人々にとって必要不可欠です。どうか、彼の身柄を返してください。そして、これ以上アーリヤット皇国に手を出すのはやめてください」

「…」

「これ以上、余計な犠牲を出さないでください。…誰もが、心の底では、平和を望んでいるんですから」

…という、シルナの真摯な訴えを。

イシュメル女王は、目を細めながら聞いていた。

…さぁ、どう出る。

「…イシュメル女王。聞いていらっしゃいますか?」

「…あぁ、勿論聞こえておる。…いや、なに。聖賢者殿は随分と…戯けたことを言う、と思ってな」

…何?

「平和を望んでいる?余計な犠牲を出すな?…それはおぬしが言えたことか?…邪神の器を傍らに置くおぬしが」

「っ…!」

心の中の痛いところを突かれたシルナは、言葉を詰まらせた。

…なんてことを。

「おぬしらは、キルディリア魔王国を侵略者だと思っておるのだろう。だが、それは間違いよ。わらわの遠い祖先達は、生まれ故郷を追われ、あの不毛な島国に閉じ込められたのじゃ」

「それは…」

「故郷を取り戻す為、奪われたものを取り戻す為に杖を取ることの、何が悪い?キルディリアの民は、ちっぽけな島国に閉じこもっておけば良い、と?…おぬしらが平和であれば、それで良いと?」

「…」

ぐうの音も出ない、とはこのこと。

その通りである。

俺達は無意識に、そう思っていた。

キルディリアの人々は、あの島国に閉じこもっておけば良いのだ、と。

だけど、それは違う。

キルディリアの民は、かつて故郷を追放された、流浪の民なのだ。

彼らは故郷を取り戻す為に、そして…かつて自分達を追い出した、大陸の人々に復讐する為に、やって来たのだ。

奪われた者として、当然の権利を行使する為に。

…それを「侵略者」呼ばわりするのは、間違っている。

その通りだ。キルディリアには、キルディリアの事情がある…。

…でも、だけど。

「…だからって、それは人を傷つけて良い理由にはならない」

固まってしまったシルナの代わりに、俺がそう言った。

綺麗事でも良い。

それで、誰かの…俺達の、平穏が守られるのならば。

「キルディリア魔王国にキルディリア魔王国の事情があるように、アーリヤット皇国にも、アーリヤット皇国の事情があるんだ。彼らの生活を脅かす権利なんてないはずだ」

「ふむ…?」

「ましてや、ナツキ様を人質に取るなんて、卑怯な真似をして…」

「よく言う。おぬしらとて、キュレムとルイーシュという間者を、我が国に送り込んできたではないか」

…うぐ。

それは…。…まぁ、その節については申し訳ありません、としか言えない。
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