神殺しのクロノスタシス7〜後編〜
…凄い。なんて機敏な手の動き。

ルイーシュの3倍速くらいで動いてるぞ。

「右手と左手で、それぞれ別の文章を書いてますよ。凄いですね」

と、ルイーシュが感心していた。

マジか。それは凄い。

見てみると、右手には学院の備品の注文書。

左手には、授業の計画書にカリカリとペンを走らせている。

ほんとだ。

両手でそれぞれ違う文章を書くって、なかなか器用な芸当だぞ。

つーか、利き手と反対の手でも、普通に文字が書ける。これだけでも結構凄い。

めっちゃ器用じゃん。

「逆に気持ち悪いですね。頭の中どうなってるんですかね?」

ルイーシュお前…。イレースちゃんが集中して聞こえていないのを良いことに。

聞こえてたら、ペンが眉間に飛んでくるぞ。

「あぁ、忙しい忙しい。パンダ一匹いないくらいなら、いつも大した仕事もしてないのでまったく困りませんが。他の教師達も不在だと、事務仕事の手が回りませんね」

とか言いながら、凄まじい勢いでペンを動かすイレースちゃん。

学院長が聞いてたら、間違いなく涙目だよ。

気の毒に。

…ところで。

「…あのー…」

イレースさん、集中してるところ悪いんだけどさ。

俺とルイーシュの存在に、そろそろ気づいてくれないかな。

ただ黙って見ているだけなの、結構気まずいんだが?

しかし。

「あぁ忙しい、忙しい。…何ですかこれは。…ケーキ屋のチラシ?」

イレースちゃんは、机の横に積んでいた書類の山から、ぴらっとはみ出た一枚の紙切れを手にした。

それは、学院長がご贔屓にしている、ケーキショップからのダイレクトメール。

学院長がしょっちゅう、そのケーキショップに通い詰めているから。

ケーキショップにとっても、学院長は大事なお得意客。

こうして定期的にダイレクトメールを送りつけて、これからも頻繁に店に通ってもらおうという魂胆だろう。

向こうも商売だからな。

ダイレクトメールに封入されたチラシには、「今月の新作!お見逃しなく♪」という、可愛らしいポップの文言と共に。

今月の新作であるらしい、美味しそうなケーキの写真が、でかでかと掲載されていた。

おぉ、美味そう。

学院長だったら、まさに垂涎の一品だろうが…。

「…」

イレースちゃんが、それを見て心を動かされることはなく。

それどころか、眉間に皺を寄せ。

チラシを持って、スッと立ち上がった彼女は。

自身のデスクの横に置いてある、業務用の大型シュレッダーの前に立ち。

学院長宛てのダイレクトメールであるそれを、シュレッダーの牙に飲み込ませた。

シュレッダーに吸い込まれたチラシは、ガガガガ、と歪な音を立て。

…あっという間に、細切れにされてしまった。

…あぁ…。

こうしてイレースちゃんは、ケーキショップのチラシを「なかったこと」にした。

そのままイレースちゃんは、何事もなかったように、自分の席に戻って仕事を再開した。

完全犯罪の瞬間である。

…まぁ、俺達が見ちゃったから、完全ではないんだが。

…こえぇー…。

うっかり、俺までシュレッダーにかけられてミンチにされそうな勢いなんだが?

「…で、あなた達はさっきから、何なんです」

「ひぇっ」

俺達に背中を向けて、ガリガリとペン先を動かしながら。

イレースちゃんが、俺とルイーシュに口を利いた。
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