紅い蝶の見る夢



「アゲハさん、例の件で報告が」



そっと、よっちゃんはあーちゃんに顔を近付けて耳打ちする。小さな声だったけど近くにいたら聞こえるくらいの音量で。その上“例の件”なんて話を濁されたら嫌でも気になってしまう。
でもこれは総長と諜報部隊隊長としての会話だ。僕達が首を突っ込んでいい話じゃないのは分かってる。分かってる…、分かってるんだけど、どうしても気になっちゃうんだからちょっとくらい盗み聞きしても仕方ないよね?



「その件ならここで報告してくれて構わないよ」



えっ、いいの?

その言葉に一番驚いたのはよっちゃんだった。



「……いい、んですか?」

「ああ。そろそろ皆にも知っておいてもらいたいと思っていたところだからね」



僕達にも知ってもらいたいこと。

何だろう、逆に怖い。



「……分かりました」

「と言うわけで、君達に聞いてもらいたい話がある」



改めてそんな風に言われると身構えてしまう。

だってそれは総長としての言葉だから。



「では“蠍”について報告します」

「“蠍”?」



“蠍”って、あの…?



「ほら、海が停学になったきっかけの」

「ああ、1人で6人半殺しにしたって言うあれか」

「海さんは強いですからね」

「そう言う問題じゃない…」



“蠍王”(スコーピオンキング)。通称“蠍”はかつて東日本最強と言われていた“百鬼夜行”の傘下だった。
それが数ヶ月前、かの有名な伝説の族潰し“白夜叉”によって壊滅に追い込まれ、100の軍勢を率いた“百鬼夜行”は静かに幕を下ろしたのだ。
ただ傘下の面々は納得しなかった。ある族は“百鬼夜行”へ反旗を翻し、ある族は“百鬼夜行”の後継者を名乗り、ある族は“白夜叉”を逆恨みし復讐心に駆られるも返り討ちにされ、ある族はトップがいなくなったことで好き放題に街でゴミを漁るようになった。その一つが“蠍”だった。



「で、その“蠍”がどうかしたのかよ?」

「“蠍”の件について知ってるなら話が早い」



知らないはずがない。
南城に通ってたら嫌でも耳にする、あの噂。



「日下部が“蠍”に手を出したことで一時期目立った動きをしていましたが、それは日下部自身が停学中にも関わらず片付けてたので数は大分減りました。それは以前にも報告した通りです」



………は?

海ちゃんが“蠍”を…?



「その報告は聞いたとも。全く海はお転婆だね」

「お転婆?そんな可愛いもんかよ」

「じゃじゃ馬の間違いでは?」

「頼稀」

「はいはい、すいませんでした」



……何それ?

そんなの、



「……聞いてない」



この1ヵ月、海ちゃんが夜な夜な街で暴れていたことは知っていた。
海ちゃんの男女共に容赦ない喧嘩スタイルは有名で紅蝶が街をうろつけば不本意な噂は忽ち広まるし、今回は蛹の目撃証言もあったから海ちゃんがどこぞの馬の骨を連れていたことも知っていた。
本当なら部下にシマを張らせて現場を押さえて強引にでも海ちゃんを連れ帰ってやろうと思ったけど、ツッキーに怒られてすーちゃんにも泣きながら止められたから海ちゃんの謹慎が明けるまで大人しく待っていたけどさ。



でも僕は知らなかった。



「皆は、知ってたの…?」



海ちゃんが街で暴れていた理由を。その目的を。



「これはアゲハさんの指示で独自に調査したことだ。知っていたのはアゲハさんと姫と冠葉さんだけだ」

「………」



淡々と説明するよっちゃんとは裏腹にサクちゃんは俯いて何も言わなかった。
まるで僕の視線から逃げているみたいだ。



「そうだったんですか…」

「まあ、そんなことだろうとは思ってたけどよ」

「え、ヒサくんは気付いてたんですか?」

「“蠍”限定ってのは知らなかったけど、街で暴れてたのは知ってたから今更そんな驚かねぇよ」



すーちゃんもヒーくんも物分りが良くていい子ちゃんだね。
よっちゃんからしてみれば扱い易くて手が掛からないから楽なんだろうけど、僕には無理。



「……僕達に話さなかった理由は?」



僕はね、そんな簡単に納得することは出来ないよ。



「よっちゃんは知ってたんでしょう、初めから。海ちゃんが倉庫にも顔出さないで街で暴れてた理由も、その目的も」



だって、僕は悪い子だもん。



「それなのに何で今まで教えてくれなかったの?」



知りたい。

触れたい。

誰にも奪われたくない。



「何で今になって話してくれたの?」



そんな幼稚で、女々しくて、自分勝手な欲望を満たすためだけに組を動かそうとした僕が…。



「ねぇ、何で?」



いい子なわけ、ないよね。


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