紅い蝶の見る夢
僕の問いによっちゃんは無表情のまま何も答えてくれなかった。
僕だってそう簡単に欲しい答えが得られるとは思ってない。
何と言ったって相手はあのよっちゃんだ。正攻法が通用する相手じゃないのは初めから分かりきっている。
それでも僕は納得出来る答えを聞くまでよっちゃんから視線を逸らす気はなかった。
重苦しい空気の中、よっちゃんはそれに拍車を掛けるように溜息を吐いた。
「……お前に話したらすぐにでも飛んで行っただろう?」
それは独り言のようにも聞こえた。
「ダメなの?」
僕が海ちゃんのことをどう思っているかはさて置き、海ちゃんは“B2”の一員であり仲間だ。
女の子である海ちゃんが夜中に街を彷徨いてたら心配だってするし、いくら海ちゃんが強くてもたった1人で“蠍”とやり合うのは危険過ぎるから自分に出来ることはなんだろうって考えてしまう。仲間の危機に飛んで行っちゃいけない理由なんてないはずだ。
「それを日下部が望まなかったら?」
「、」
言葉に詰まった。
(海ちゃんが、望んでいない…?)
何も言えなかった。反論することが出来なかった。
だって海ちゃんは僕達に対して何重もの壁を隔てているから。
認めたくない。違うと言って否定したい。
でも否定することなんて出来なかった。さっきの海ちゃんを見たら余計に。
「桃」
あーちゃんの声にビクッと肩が跳ねた。
「今回海のことを調べさせたのも、君達に黙っているように指示したのも全て僕の判断だ。頼稀を責めないでやって欲しい」
「あーちゃん…」
よっちゃんを責めているわけじゃない。
ましてやあーちゃんのことだって。
文句が言いたいわけじゃない。
不満を言いたいわけじゃない。
誰かのせいにしたいわけでもない。
僕はただ…、
「実を言うと僕にも海が“蠍”を相手にする理由が分からないんだ。分からないからこそ憶測や曖昧なことを言って君達を惑わせることはしたくなかった。だから頼稀には“蠍”に動きがあるまでは黙っているように指示した。そのせいで君がこんなにも心を痛めるとは思わなくてね…」
「……当たり前、だよ」
心が痛いと叫ぶのはそれだけ海ちゃんの存在が僕にとって大切だからだ。
「すまない」
海ちゃんは仲間だ。
でもそれ以前に僕にとって海ちゃんは仲間以上に大切な女の子なんだ。
「情けない…」
それなのに僕は何も知らなかった。
男としてこんな情けないことはない。
「本当にな」
その声にバッと顔を上げた。
「サ、クちゃん…」
顔を上げた先にいたサクちゃんは弱々しい声でまるで独り言のように呟いた。
「情けないのはお前じゃない」
僕じゃない?
だったら誰が…、そう聞き返そうとした。
でも珍しく弱気な声色とグッと握り込んだ拳を見て気付いた。それが自分自身に向けての言葉だと言うことに。
サクちゃんはそれ以上何も言わなかった。でも弱々しい声とは裏腹にサクちゃんの目は獰猛な獣を棲まわせていた。
ゾクッと鳥肌が立つ。
(相変わらずだな…)
そんな顔されたらアテられちゃうよ。
「まあ、話の続きを聞こうや」
ポンッと、僕とサクちゃんの肩にヒーくんの手が乗る。
その瞬間、獣が息を潜めたのが分かった。……セーフ。
「話を戻しますが、その“蠍”に新たな動きがありました」
「ほお、それは興味深いね」
スッと目を細めて足を組み直す、あーちゃん。
いつものナルシスト全開のあーちゃんとは違ってその目は真剣でどこか冷たかった。
「その動きとは?」
「“蠍”の狙いは戦力の増加です」
「と言うと?」
「つまりあっちは同盟を組もうとしてんの」
話に割り込んで来たのは先程まで大人しかった尚哉だった。
「同盟?」
つまり仲間を集めようとしているのか。だから戦力の増加ね。
でも何のためにそんなことを…?
『日下部が“蠍”に手を出したことで一時期目立った動きをしていましたが、それは日下部自身が停学中にも関わらず片付けてたので数は大分減りました。それは以前も話した通りです』
……まさか。